いつだってかみさまはざんこく | ナノ
Side:h
曇天の空にたなびく旗を見上げる人物を凝視する。不意にその視線がこちらに向いた。その足元にはオレと一緒に来た寺門と洞面が力なく倒れている。
「…なんで」
自分でも信じられないほど、震える声。
「なんで、ここにいる?」
昨日の夜はたしかに隣にいたはず。温もりを確かめながら眠りについたのだから。
『佐久間たちが捕らえられてる真・帝国のキャプテンはフドウというらしい』
数日前の寺門との会話が頭をよぎった。だけど、信じたくなくて縋るように問いかけた。
「真・帝国学園の生徒だからに決まってんだろ?」
だけど、容赦ない言葉に、望みは簡単に砕かれる。
「そんな。嘘だろ?」
「嘘をつくメリットはないぜ?」
ぐりっと、地面に倒れている寺門の頭に乗せた足に力が入るのが分かった。手加減なんて一切なし。
「や、やめ」
不動は顔を歪めたかと思うと、次の瞬間盛大に笑い始めた。
「は、はははははは!」
「ふ、不動?」
「オマエ傑作すぎ。仲間を捜してる?それってアイツらのことだろ」
くいっと顎でフィールドの端に控えてる生徒を指す。そのふたりはまるで興味ないといったように真っ直ぐとどこかを見つめていた。
「佐久間も源田もオレが引き入れた。ふたりとも力を欲しがってたからなぁ。甘い言葉にだまされてやんの」
くつくつと可笑しそうに笑い続ける不動の笑い声だけがあたりを支配する。
「甘い言葉と言えばオマエもそうだよな。少し優しくすればコロッとだまされたもんな。好き?愛してる?全部嘘。暇つぶし」
「……」
「オマエ最高だったぜ。特にキス待ってるときの間抜け面」
「…っ…」
「どうした?びっくりして声も出ないのか?」
寺門の頭から足を離した不動は窺うように一歩近づいた。
「…オマエは」
「ん?」
「…オマエは暇つぶしでキスしたのか?」
「そうだと言ったら?」
「っ」
気付いたら地面を蹴っていた。渾身の力を込めて吊り上げられた頬めがけて拳をぶつける。ぐしゃっと肉と骨が潰れる嫌な音がした。
「なにすんだよ」
殴られたにもかかわらず笑い続ける不動。
「オレは、オレは冗談でも、ましてや暇つぶしででも、キスなんて出来ない」
「それは、オマエだろ?オレは違う。オレがいつオマエに好きって言った?愛してるって言った?言ってねーだろ?」
吐き捨てるように言った不動の言葉は間違ってはいなかった。だけど、そんのなんの証拠にもならない。
「それでも、不動はオレのこと愛してくれてた」
「自意識過剰?そういう…」
不動の言葉を遮って言葉を続ける。今黙ってしまったらもう駄目な気がしたから。
離れていきそうになる記憶を必死に引き寄せる。
「サッカーをするオマエは楽しそうだった」
「黙れ」
「ぎこちないキスは愛に溢れてた」
「黙れよ」
「抱きしめてくれたその体温に偽りなんてなかっ、がっ」
ぐっと首を掴まれる。不動はもう、笑ってはいなかった。
「…反論しないってことは、嘘じゃないんだな」
小さく笑って見せた。それが勘に障ったのか、首を掴む手にさらに力を込められた。みしっと骨が軋む音がして、視界が滲む。
持っていかれそうになる意識を懸命に呼び覚ます。ひゅうひゅうと、情けない呼吸をどうにか声に変える。
どうか、届いて。
「たとえっ、不動のやったことがすべて嘘だとしてもオレの気持ちは変わらない。オレは不動を愛してる」
「っ」
一瞬だけ不動の目が見開かれた。無防備に晒された表情に確信する。
「やっぱり、オマエは…」
不動なんだな。
「…おしゃべりはここまでだ」
「がはっ」
気を抜きかけたところで容赦なく腹に膝蹴りが入り、目の前が真っ白になった。前触れもなく手を離され、無様に地面に倒れこむ。もはや身体はいうことをきかない。
だけど、瞳だけは不動を捉え続けた。
恐怖に怯えたような表情が昨日のそれと重なり、胸が苦しくなった。
なりふり構わず抱きしめたかったけど、腕は無様にもがくだけで不動に触れることは叶わない。
「ふど…」
遠のく意識の中で最後に見たのは、揺れる深緑の瞳でオレを見つめる不動だった。
オレたちが出会ったことは間違いなんかじゃない。
だってオレはこんなにもオマエが愛しくてたまらないんだ。