かみさま | ナノ
Side:f
『アンタは真・帝国の人間。道を踏み外したあたしたちに救いなんてないわ』
先ほどの小鳥遊の言葉がぐるぐると頭の中を回っている。
オレは辺見の純粋な気持ちを踏み躙っている気がしてならないのだ。仲間を助けたい、という辺見の心を。
無意識に服の下にある石を布越しに掴む。
強さを手に入れるために捨てた弱さがどこからか顔を覗かせている。弱さなんて強さをもってすれば恐るるに足らない存在なのに、今はソレが無性に恐い。
ふと時計を見る。約束の時間の10分前を指していた。今すぐ準備して向かわなければ間に合わない時間だ。
「…はぁ」
だけど気が進まなかった。
きっと遅かれ早かれ辺見にはばれる。それは避けられないにしても辺見の顔が翳ってしまうのは嫌だった。
今、これ以上かかわらなければ互いの傷も浅くてすむ。
決めた。行かない。
幸い、迎えに行くと約束したから広場で待たすことはない。
依然、心にもやもやは残ったが振り払うように枕に顔を埋めた。
「ぅん」
次に目が覚めたのはそれから一時間位したあと。ずいぶん寝た気はしたけど思ったよりそうでもなかった。
ぼーと真新しい、けど暗い黒塗りの天井を眺める。
不意に昼間の辺見の、約束をしたときの顔が過ぎった。
ばっと上半身を起こして部屋の端に無造作に転がるボールを見つめる。
「くそっ」
ありえない、とは思った。
オレたちはまだ出会って間もないし、いくら約束をしたからってそこまで義理を果たすような仲じゃない。
それに約束したのは宿へ迎え行くということ。オレが迎えに来なければきっと忘れたのかとくらいに思うだけ。
だけど、オレの意思に反して足は昼間通った広場へと向かっていた。
だって、もしもって言うことがある。そしてそのもしもが起こる気がしたからだ。
別にただの思い過ごしならそれに越したことはない。むしろそっちの方がずっといい。
オレはこのときほどエイリア石に感謝したことはない。
石のおかげで通常じゃ考えられないほど短い時間で広場へとたどり着くことが出来た。
おそるおそる足を踏み入れると、ぽーん、ぽーんと壁にボールが当たる音が聞こえた。
もしも、が起こった瞬間だった。
昼間別れたソイツは制服ではなく動きやすそうなラフな服装で無心にボールを蹴っていた。
そして不意にそれが止まる。
「あ、不動。遅いから先来ちった」
ボールを抱えながら振り返ったソイツはふにゃりと笑った。それにどうしようもなく胸が締め付けられる。
気づけば走り出していて、オレよりほんの少しだけ細い身体を抱きしめていた。
「っ馬鹿じゃねーの!」
「ふ、不動?どうしたんだ?まさか、勝手に行っちゃったから怒ってるのか?」
本当に馬鹿だなと思った。一時間待たされた時点でおかしいと思えよ。
「でも、不動が来ないから、その」
慌てふためく辺見が可笑しくて笑いそうになった。だけど堪えて身体を離す。
「悪い」
「え?」
「用事入っちまって」
また、嘘をついてしまった。
「いいって。ちゃんと来てくれたじゃん」
全然気にしてない、という辺見の顔でさらに罪悪感が増す。
「…サッカーやるか」
「あぁ!」
辺見の気がすむまでサッカーをやること。きっとそれがオレにに出来る唯一の償い。
結局二時間ちょっとサッカーをやった。もう少しでオレたちは補導対象となる時間だ。
「あー楽しかった!最近ろくにサッカーできなくてさ」
運動後でまだ少し興奮気味の辺見が隣で笑う。
「不動、巧いのな!どっかのクラブチーム入ってんの?」
「いや」
サッカーはほぼ独学だったりする。オレには共に戦う仲間も、信頼できる指導者もいなかった。
「FFには出たことないよな?あったら覚えてると思うし。そんだけ実力あるのにもったいねー!」
当然公式の大会に出たこともない。だけどテレビで同世代のヤツらが戦ってるのは嫌というほどみてきた。
「でもサッカー続けてればきっといつか戦えるよな!うわーオマエと本気で戦ってみたい」
瞳をキラキラさせながら話す辺見は微笑ましい。心にあるもやもやもすーっととけていく。
「オマエじゃ相手になんねーよ」
「なんだと!さっきほぼ互角だったじゃん!」
「オレ7割しか力出してねーもん」
「ならオレは5割だし!」
本当のことを言えば、事実オレは7割ほどの力しかだ出してない。それでも石に頼っての7割だ。
辺見がどのくらい本気だったのかはわからないけど、石に頼っていない自然体そのものの辺見のサッカーはきれいだなと思った。
心がみしっと軋んだ気がした。理由はわかりきってる。でももうあとには引けない。一度犯した過ちはもう取り返しがつかない。
小鳥遊の言うとおり、オレ達に救いなんてないんだ。
「不動?」
「あ?悪い」
考えこんでたらいつの間にか足が止まっていたらしい。数歩前で不思議そうに見てる辺見に慌てて追いつく。
「まさか愛媛でオマエみたいなヤツに会えるなんて思いもしなかった」
心臓がどきんと跳ねた。
「辺見、その、仲間の方はどうなんだ?」
「…わからない。すぐ近くにいることは確かなんだ。でも、会えたとしてもまたサッカーできるとは限らない」
「なんで?」
「アイツらがそれを望んでないかもしれないから…」
その時オレは初めて辺見の痛みに触れた気がした。だけど再び顔を上げた辺見からは微塵もそんな雰囲気は感じられなかった。
「悪い。不動にこんなこと言っても仕方ないよな」
「あ、こっちも無遠慮に聞いて悪い」
聞かなければ良かったと思う。今更後悔しても遅いのだけど。
オレは佐久間と源田が帝国の中で取り分け絶対的な力を求めてることを知っていた。ほかにも求めてるやつはいたが取るに足らない存在が大多数。
そして極少数の人間はそれを望まなかった。もちろんそんなのオレに必要ないから見向きもしなかった。きっと辺見はその類。
「あ、この辺でもう大丈夫だ」
話してる間に辺見の滞在してる宿に着いたらしい。
「今日は楽しかった。サンキューな」
「仲間見つかるといいな」
白々しい。だけど、矛盾してるけど辺見の捜してる仲間が見つかればいいと思った。
「…不動?」
いつまでたっても帰ろうとしないオレに不審に思ったのか、辺見は顔を覗きこんだ。不意に橙色の瞳と視線が交わる。
「ふど…ん」
気づけば、吸い込まれるようにキスをしていた。思ってたよりずっと柔らかい感触。
「わ、悪い」
我に返って慌てて身体を離す。何してんだオレ。なにか言い訳を探してしどろもどろしする。だけど普段口達者のくせにこういうときに限ってなにも出てこない。
「…いや、オレも嫌じゃなかったし」
「え?」
唇を押さえながら顔を赤らめる辺見にこっちまで恥ずかしくなってきた。これはそういう意味でとっていいんだろうか?
「…明日はちゃんと迎え来てくれよ」
「わ、わかった」
真っ赤な顔のまま小声でつぶやいた辺見は、オレの返事を待つことなく宿へと走っていってしまった。
あと何回辺見とサッカーできるだろう。抱きしめられるだろう。キスできるだろう。
最近辺見と会うのが辛くなってきた。
嫌いになったからじゃない。むしろその逆。
好きすぎて、離れたくなくて、いつ来るかわからない別れが恐いのだ。
「不動、総帥がお呼びよ」
「わかった」
いつになく真剣な小鳥遊の表情でわかってしまった。ついにこのときが来てしまった。
趣味の悪い扉をノックする。
「入れ」
許可を得てモニターで埋め尽くされた部屋へと足を踏み入れる。その中で長身の男がくるりとこちらを向いた。
「ご用件は?」
「鬼道がここを突き止めた。明日には乗り込んでくるだろう」
「ふーん」
「わかってると思うが、敗北は許されない。せいぜい私を失望させないでくれよ」
適当に聞き流しつつ要点だけ拾う。
どうせそんなこと言いつつ影山ははなからオレたちを信用してない。イナズマキャラバンのことを鬼道と言ったのがそのいい例だ。
オレは直接鬼道に会ったことはないが自慢話の類は耳にタコができるほど聞かされた。えっとつまり要約すると影山は鬼道が好きなんだろ?
「じゃあ、調整したいんで失礼します」
言葉だけ繕って足早にその場をあとにする。フン、と影山が鼻で笑うのが背後で聞こえた。
辺見に会いたかった。
影山は明日って言っていた。おそらく辺見と会えるのもこれで最後。
ポケットからケータイを取り出して着信履歴の一番上を押す。
『もしもし?どうした?』
いつもと変わらない愛しい声に無性に泣きたくなった。
「いますぐ会えるか?」
『別にいいけど。でも今すぐってどっちにしろあと一時間で会う時間じゃないか』
「会いたいんだ」
『ん。じゃあ、いつものとこで待ってる』
なりふり構ってはいられなかった。一秒でも長く辺見と一緒にいたかった。
いつも会う時間は夜の7時。今日はそれより1時間早いから6時だ。まだあたりもちょっと明るい。
いつものとこ、宿の裏庭に行けばすでに辺見は来ていた。
「不動」
オレが来たのに気づいた辺見はふわっと笑った。
「どうしたんだ?いったい?」
「言っただろ?会いたかったんだ」
言いながら、ぎゅうっと抱きしめれば辺見も腕を回してきた。縋るように肩口に顔を埋める。
「変な不動」
辺見の肩が小さく震えた。笑ってるんだろう。オレはこの笑顔を壊すんだ。
「キスしていいか?」
「んなこと聞くな」
文句を言いつつも、そっと瞼を下ろした辺見の唇にキスを落とす。啄ばむように出来るだけ優しく。その感触を忘れないように何度も。
「くすぐったい」
時がたつのも忘れるくらいキスをし続けた。もしかしたら一生分くらい。
「サッカーやらないか?」
「あ、じゃあボール持ってくる」
辺見が宿の中に入っていったのを確認してからケータイを確認。あと、辺見と一緒にいられるのも4時間を切った。
すっかりお馴染みとなった広場でぽーん、ぽーんとボールを蹴り合う。
「なー不動」
「ん?」
「鬼道さんがな、明日敵の本拠地に乗り込むんだって」
「ふーん。オマエはどうすんの?」
「行くさ。それが目的だったんだから」
辺見は何も知らない。オレには辺見にそれを教えるのが正しいかどうかわからなかった。
「それが終わったら東京へ帰るのか?」
「そうなるな」
ぽーんと来たボールがちょっと右にそれた。脚を伸ばしてなんとか取る。
「じゃあ、こうやって会うのももう最後かもしれないのか」
「…あぁ」
自分で言っておいて胸が痛かった。それは辺見も同じようで今にも泣きそうな顔でボールを受け止めている。
何も知らないはずなのに辺見はまるでもう二度と会えないことを知ってるようだった。
「オレたちは出会うべきだったのか?」
あの時、興味本位で辺見を見なければ。不良に絡まれた辺見を助けなければ。約束なんて無視すれば。キスなんかしなければ。
「…出会うべき、だったよ」
「っ」
力なく蹴ったボールはころころと転がって相手に届くことなく止まった。
「たとえ別れることになっても、オレたちは出会うべきだった」
オレがすべてを話しても辺見は同じように言ってくれるだろうか。
「別れても、きっとまた会えるよ。サッカーを続けてれば、さ」
ボールを拾い上げた辺見は小さく微笑んだ。
会話もなく宿までの道を歩く。繋いだ手から伝わるぬくもりは痛いほどあたたかかった。
「明日、愛媛を出る前にもう一度会いたい」
それはオレも同じ気持ち。同意するように言葉なく頷く。
「…っ…」
「辺見?」
「離れたくない、別れたくない」
辺見は唇を噛み締めて小さく震えた。はっとなって咄嗟に腕を伸ばして掻き抱く。
一番の誤算はオレの心の中にまだ感情が残ってたことかもしれない。
だってここまで誰かを好きになるなんて力だけを求めてたオレには思いもしなかった。
だから辺見に感じたのは興味とか物珍しさとかその類だと思って近づきすぎてしまった。
引き返すチャンスは何度でもあったはず。
だけど出来なかった。
「ごめん」
「なんでっ、謝るんだ、よ」
オマエは悪くない。と言われた気がした。
「全部オレが悪いから」
辺見がこんなになっても、オレは本当のことは言えない。辺見の心からの拒絶を恐れている。
「なぁ、今日だけは一緒に寝てくれよ」
「あぁ」
辺見に腕を引かれながら初めて宿に足を踏み入れた。
促されて遠慮がちに布団に入ると辺見もつられるように布団へともぐりこんできた。
「離さないでくれ」
それにふたつの意味が含まれてると知っていても、オレは片方しか叶えられない。いや片方でさえ中途半端なかたちでしか叶えられないんだ。
「おやすみ」
引き寄せて額にキスを落として眠りについた。
暗闇の中で腕の中で眠る愛しい存在をじっと見つめる。目元がほんのり濡れていた。それを指でそっと拭う。
感覚的にはまだ明け方の4時くらい。日は昇ってないし、あたりは物音ひとつしない。
「愛してた」
一緒にいた時間は少ないけど。それでもそれを確信を持って言える。
力を求めて、その先にあるのは別れだと知っていても愛し合うことと、力を求めないで、存在を知らないまま生きていくことはどっちが幸せだったのだろう。
所詮仮定の話でしかないのだけど、それでも考えずにはいられなかった。
眠り続ける辺見にきっと最後となる口付けを落としてから、布団を出た。物音を立てないように注意深く宿の外へと向かう。
「無断外泊ね」
暗闇に桃色の影が映った。やがて顔が確認できるくらい距離を詰めてくる。面倒くさい。
「何を今更」
「あの子、泣くわよ」
「だから?」
「逃げたいなら今しかないってこと」
「冗談」
「…アンタが何も思わないならいいわ。さぁ、行きましょ」
何も思わないわけない。
だけど、辺見は戦うって決めた。なら、オレだけ逃げるわけにはいかないんだ。
『別れても、きっとまた会えるよ。サッカーを続けてれば、さ』
記憶のかなたで誰かが笑った気がした。
祝ってねぇ…
ビターエンド?いや中途半端?
遊馬にしては珍しい終わり方じゃないですか?
このあとの続き書いたりしたんですけど辺見がかわいそうだからやめました
要約すると
不動はエイリア石に身を委ねちゃってめちゃくちゃ辺見を傷つける感じです
そこからハピエンにすることもできるけどあえてここで切るのもいいかなと
辺見は不動は敵だってなんとなく気づいてたんじゃないかな
こんな不辺も好きです
H22/10/6 遊馬
ぶっちゃけ最後の夜ふたりはなにごともなく過ごしたんですか?
H22/10/6 不辺の日に書いたアップした記念小説です
10月いっぱいまでフリーとさせていただきます