ゆずれないこころ


「なんでいるの」

退勤直後の私の目の前に現れた思いもよらない人物に思わずそんな一言が漏れる。呆然と立つ私に、車にもたれかかっていた彼は煙草の煙を細く吐き出し、笑った。


こっち向けよと彼からかけられた言葉に逆らって助手席側の車窓の外へと視線を向ける。可愛くない私の態度に彼はしょうがねえなあとまた笑った。

「先に連絡をくれてれば――」

こんなくたびれた姿を見せずにすんだのに。そう愚痴を零さずにはいられなかった。
出勤前にまとめた髪は一度の手直しもされず乱れており、至るところから髪の毛が飛び出している。口紅もそのほとんどがコーヒーカップに奪われたまま、色なんて残っていない。
会えるのはもちろん嬉しい。しかしそれならば少しでも貴方のために綺麗に整えた姿を見てほしい。

「そういう女心を分かってくれてもいいんじゃあない?」

相変わらず視線は流れる景色へ向けたままそう言い放つと彼から思わぬ反論が返ってきた。

「それをいうなら、どうしても今すぐ会いたいと思った男心も分かって欲しいもんだぜ」

その発言にようやく運転する彼の姿を視界に入れた。彼は横目でちらっとだけ私を確認すると顔は前を向けたまま口角を上げる。

「理解ある男になるよりそっちの気持ちの方が強くなっちまったんだよ、わりいな」

――ああ、ずるい。そういえば私が何も言えなくなることを知っているのだから。

「……今日泊まっていくんでしょう? 食事はどうするの」
「おまえの飯が食いたい」
「……じゃあスーパー寄って」

それぐらいは私の言い分を聞いてもらわないと。
ハンドルを切って目的地が変更された車内で、私は彼が好きだと言っていたメニューのレシピを思い出していた。



2023.01.04


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