どうせ知らないんでしょ

※円夏前提、結婚式捏造





 今日ほど憂鬱な日はないだろう。
某月某日。午前十時。自宅玄関前。
家から出られない。ドレスを着て、一時間以上かけてメイクもして、持ち物も揃えて、靴を履いたというのにどうしても玄関を開けられない。
このまま永遠に時間が止まってしまえばいいのに。それが無理ならいっそ、ここで急死してしまえば不可抗力だ。仕方がない。
いきたくない。
それでも私はあの人の大事な今日のために行かねばならない。友人(わたし)が行かずに恥をかくのはあの人なのだ。そっちの方が死んでも御免だ。
心の中で泣き叫びながら玄関を開けた。

 「……こんにちは、予約していた苗字です」
「苗字様、お待ちしておりました。本日は結婚式用のヘアメイクということでお伺いしております」
行きつけではない、少し背伸びをした美容院。席はたったの三つしかない。白で統一されたシンプルかつ品のある内装は酷く冷たく思えた。
こちらにおかけください、と私の方に向けられた椅子に体を預ける。
「ご友人の式なんですか?」
「……はい」
「お嫁さん、きっと綺麗でしょうねぇ」
「……。そうですね」
何を知ったクチで、と暴れ喚きたくなったがそんな事をしたってどうしようもない。暴れたところでそこで私は力つきてしまうだろう。先程の玄関での葛藤だって無駄になってしまう。
コテやアメピンによって整えられていく自分の髪の毛をぼーーっと見ていた。いつもなら美容師との対話だって当たり障りなく話せるはずなのに、今日に限ってそうはいかない。大層愛想の悪い客だと思われているんだろうなぁと思える余裕すら無い。
鏡に映る私の顔は、結婚式に参加する人の表情だとはとても思えなかった。まるでお葬式にでも参加するような、生気のない顔。
そりゃそうだ。あの人の結婚式は、私の葬式。
皆が皆、彼女らを祝福する中、私は自分の遺影に向かって手を合わせて喪主の私に「お悔やみ申し上げます」と深々と頭を下げるのだ。喪主、私。参列者、私。弔辞、私。故人、私。
私しかいない葬式。

 「ありがとうございました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
丁寧にお辞儀をする美容師に見送られて式場へと向かう。既にゲストが大勢集まっている。
その中でも見覚えのある顔はいくつかあった。雷門中のOBOGだ。おそらくサッカー部の人間ばかりなので知り合いと呼べるほどの人間はほぼ居ないのだが。
「あ、あのっ、大丈夫ですか?」
「はい?」
待合室で一人ぽつんと座っていると、なんとなく見た事のあるような青年から声をかけられた。多分雷門にはいなかったと思うけれど、これまたサッカー繋がりなのだろう。彼はしゃがんで話を続ける。
「なんだか顔色が悪そうだったので、いきなり声をかけてしまってすみません。もし辛かったら」
「大丈夫よ、立向居くん。苗字さん、緊張してるのよね」
横を向けば、それまた見覚えのある顔。木野さん……だったような。とにかく助け舟を出されたのでそれに乗ることにした。
「……ええ、そうです。ですから、大丈夫です。ご迷惑おかけしました」
「いや、こちらこそ!早とちりですみませんでした!」
彼は勢いよく頭を下げてから元いた所へと戻って行った。
「私、苗字さんは来ないと思ったの」
隣に木野さんが座った。
「私も来るか迷ったわ。ほんの少しだけね。でも来たの」
私がうんともすんとも言わないことは気にもせずに彼女は話し続ける。
「その真っ黒なドレス、とても似合ってる」

 ボロボロの私なんて関係なく式は円滑に進んだ。
ウエディングドレスを身に纏った彼女はきっと人生で一番幸せな顔をしていた。
それは私が一生をかけても手に入らないもので、きっとどんなパラレルワールドでも私には手が届かないもので、泣き叫びたいけど彼女の花嫁姿を見れて幸せで、でもその隣は私じゃなくてもうそんなのはずっと前からわかりきっていたことなのに、全部わかりたくなくて。
働かない頭なのに感情だけが爆走する。気づけば新郎新婦とゲストの談笑の時間になっていた。新郎も新婦もゲストに囲まれて幸せそうだ。
「苗字さん、ほらっ!」
赤縁眼鏡の子──確か一つ下の雷門サッカー部マネージャーだった子──が私の手を掴み、花嫁を囲む輪の中へど引き摺りこんだ。
すぐ目の前にはパステルピンクが煌めくドレス。サッと顔をあげれば、雷門さんが、もう雷門さんでは無い彼女が微笑んでいた。
何か、何か言わなければ。何を?
口を開いても何も出てこない。
「名前、今日は来てくれてありがとう。とても嬉しいわ」
「な、なつ、み、さ゛っ」
「……ふふ、なぁに、名前」
綺麗ですとか、お幸せにとか、おめでとうございますとか、本音も建前も喋りたいことはあるのに泣くしかできない。なんて情けない!
誰のためか分からないメイクだってきっともうぐちゃぐちゃだ。
彼女の名前を呼ぶのに何年かかった?とうに片手じゃ数えられない。こんな理由で貴女のことを名前で呼びたくなかった。好きなんてもう永遠に言えない。
やめて、そんな幸せそうに頬を染めて、愛おしそうに微笑まないで。
「やっと名前で呼んでくれたわね、名前。……もう"雷門"じゃないものね、私」
今私がどんな思いで貴女の名前を呼んだのかなんて、どうせ知らないんでしょ!

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 title by パニエ様

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