無題

 いちごみるくのような空。わたあめみたいなくも。それから流れ星たち。夜空を飾ってくれるあの子たちでも、ピンク色の空じゃ目立たないね。可哀想に。ああ、お月様もいたのね。ごめんなさいわからなかったわ。もしかして太陽なのかしら。
 柔らかい砂浜はひんやりとしている。とってもさらさらしてるから素足で歩いちゃっても気にならなかった。きっとこれじゃ砂のお城は作れそうにないわ。
 波の音が聞こえるの。当たり前じゃない、目の前には海が広がってるんだから。
水面はターコイズブルーが溶けていて、そこらの海とは大違い。見える景色、全てがパステルカラーで塗りつぶされていた。とても、かわいい。かわいくて、不気味。
 防波堤にはまるで空気を読まない鮮やかな赤がいた。全てがミルクで中和されたような景色をまるで気にしないような赤。あれ、でもホントのいちごみたいって思えばいいかも。……ううん、やっぱりダメ。あれには近づきたくない。見ていると、胃がムカムカしてくる。気持ちが悪い。あそこに近づくのはやめよう。
地平線のあまりの遠さに怖くなり、目を逸らした。
 「なにしてんだよ」
ベビーピンクの砂浜と睨めっこしていたはずなのに、視界の端っこには赤い破片が揺らめいている。なんで、どうして、いつの間に。驚きから顔を上げてしまった。
何も言えない。口を動かしても声が出せない。ただ口をパクパクさせる私が滑稽だったのか、鼻で笑って「こっち来いよ」なんて言って私の腕を掴んだ。金縛りにでもあったみたいに、身体が上手く動かない。ずるずると引き摺られていく。足の指で必死に砂を掴んだ跡がただ虚しかった。
 防波堤まで連れられると、彼は地面に放置された釣竿をを手に取り釣り針をちゃぽんとターコイズブルーの中へと投げ入れた。私のことをわざわざここまで連れてきたくせして、あとは何もせずに放置された。私はどうしたらいいかわからなくて、そのまま傍で立ち尽くしていた。
こうやってこの人のことを見下ろすのは初めてだった。
 私たちの間に会話はない。適当な話題が見つかるほど親しい仲でも、あるいは無関心でもなかった。寂しい波の音だけが静寂の中に溶け込んでいた。五感で感じるもの全てが気持ち悪い。パステル色の景色もキラキラと輝く流れ星たちも、穏やかな波も、全て、全部全部、溶融していく。きっとこれは世界が終わるときによく似ているのだろう。
「         」
全てが終わる世界で彼だけが変わらなかった。足場が崩れる。ぐるりと世界が逆さになった。

 はっと目が覚めると、見慣れた暗闇に囲まれていた。混乱している頭でも、あれは夢なのだということを認識した。
空はもう少しで朝日が登ろうとしているようだった。チカチカと通知ランプが明滅するスマホのスリープ状態を解除するとまだ四時にもなっていなかった。
なんという夢を見たんだ、私は。
 彼はいつも真ん中にいた。誰にでも人当たりがよくて、面白くて、強くて、誰よりも冷たくて、苦しくて、哀しくて、ひどかった。
そういえば彼は最後に何と言っていたのだろう。全く聞き取れなかった。今となっては確認のしようがない。なぜならあれは夢なのだから。
 ……ずっと、心の奥底に閉じ込めていた人。もう幾年も前の記憶。私の青春の真ん中にいた人。少女という抜け殻を捨ててもなお、私が捨てきれなかった、想い出。

 今日は八月三十一日。何の日だったっけ。
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