残酷

※後半にリョ桜と読み取れる描写があります。ご注意願います。



 小坂田さんほどかなしい女の子はいないだろう。わたしは彼女を見ると恋愛なんてろくなもんじゃないなとつくづく思う。
 小坂田さんといつも一緒にいる竜崎さんは、よく「健気でいい子」「やさしい子」と言われているけれど、わたしからしたら小坂田さんの方がずっと健気で優しくて、憐れみたくなるほどいい子だ。休み時間の今でもあの竜崎さんと楽しそうにお喋りなんかしている。竜崎さんの顔は真っ赤だ。どうせあれの話でもしているのだろう。本当に救われない。
伸ばしていた爪がパキリと欠けた。無意識のうちに読んでいた本に爪を立ててしまっていたようだ。紙の端っこには短く小さな溝が出来ている。まずいなぁ、これ図書室の本なのに。
 ガラガラという教室の扉の音に皆が反応し、慌てて席に着き始める。ああそうだ次の授業の教師は早めに教室に来るタイプだったっけ。わたしも本に栞を挟んでパタンと閉じる。表紙には透明なガラスの靴が描かれて、その上には"CINDERELLA"とタイトルが貼り付けられていた。我ながら似合わない本を借りたものだ。
小坂田さんはきっと、魔法使いの役から抜け出せないあわれな女の子なのだろう。あの意地悪な継母や義姉たちよりは随分マシだけれど、彼女らよりも残酷だ。だって、魔法使いはプリンセスがプリンスと結ばれるために存在するもの。
 竜崎さんも急いで席に着いて机の中から教科書を引っ張り出した。ノートが見つからないのか机の中のものを全部机の上にあげている。
「ねぇ、竜崎さん」
「な、なにかな!えっと、名前ちゃん」
「小坂田さんに話したいことがあるんだけど、そう伝言して貰えないかな」
「朋ちゃんに?じゃあ授業が終わったあとに話しておくね」
「ありがとう」
何も知らない竜崎さんは快く引き受けてくれた。わたしのことも、小坂田さんのこともわからないくせに。



 「苗字さん、それで話ってなに?」
中途半端に開けた窓からは気持ち悪い風が吹き込む。今は放課後。弟たちの世話があるというのに、わざわざわたしのために時間を作ってくれたらしい。そう考えるとわたしはこの生ぬるく不快な風も愛おしくなって、気色の悪い笑みを漏らさざるを得なかった。
「小坂田さん、越前くんのことすきでしょ」
「……あったりまえじゃない!そうじゃなきゃファンクラブ会長なんてやってないわよ。何?苗字さんもファンクラブ入りたいの?」
「そうじゃないでしょ。小坂田さん、越前くんのこと、好きでしょ」
「なに、それ。だからそうじゃなきゃリョーマ様のファンクラブ作って応援してないって。苗字さんの言ってること、よくわかんないんだけど」
小坂田さんの眉根が寄せられた。それすらもわたしの心をときめかせるのだ。
「小坂田さん。小坂田さんがね、いくら健気に頑張っても、いくら可愛くなっても、あれはあなたに振り向かないのよ」
そうだ。せっかくなのだから、わたしのために可愛くなって欲しい。わたしのために頑張って欲しい。わたしなら、いくらでも振り向くわ。
「諦めて。あれのプリンセスが誰なのかくらい、あなたもわかっているでしょう。あなたこそわかっているでしょう」
だって、小坂田さんが一番近くで見守っていたものね。
彼女を壁に押し付けて耳元でそう囁いた。残酷な真実を突きつけると、小坂田さんはより一層顔を歪ませた。わたしたちを照らすはずの夕日も、今このときを知らないのだ。わたしと、小坂田さんだけ。
「あぁかわいそう、そんなに泣きそうな顔をしないで」
「ふふ、わたし小坂田さんのことだいすき」
小坂田さんはありえない、と小さく吐き捨て逃げていってしまった。いっそのこと優しい嘘で包み込んで、あなたなんてだいきらいよと言ってしまえばよかったのだろうか。

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