素敵滅法

※不動+夢主→冬花




 「久遠さんってさぁ、いいよね」
 朝一番に呼び出しておいてそれかよ、とでも言いたげに不動は露骨に顔を歪ませた。
今日は珍しくイナズマジャパンはオフの日なのだ。不動とこうしてじっくり話すのも結構久しぶりだな、なんて思いつつ向かいの席をトントン、と人差し指で叩いて席につくことを促した。
あぁそう言えばおはようの一言も言わずに本題に入ってしまった。仕方ないではないか、もうずっと誰かに話したくてたまらなかったのだから。
「あ?カントク?お前男の趣味わりーな」
「バカ違うから。あたしが言ってんのは冬花ちゃんの方だよ久遠冬花ちゃん!」
「うわっ娘の方かよ……どっちにしても趣味わりー」
「お前は性格と口がわりーよ」
「上手いこと返したつもりか?」
「まぁいいから聞きなって」
不動はげんなりとした顔で頬杖をつき姿勢を崩した。もうこの話から逃げられないということをどうやら不動は学んでくれているようだ。鬼道くんたちは不動に手を焼いていたようだけれど、コイツは意外と私の言うことを聞いてくれるのである。
「久遠さんって大人しそうで人の三歩後ろを歩く、みたいな感じもあるけどさ、意外とものはしっかり言うよね」
「あーいうヤツは内心何考えてるかわかんねぇからな」
「へぇ〜〜不動、久遠さんのこと怖いの?」
不動の口から何考えてるか分からない、なんてことが聞けるのが面白くて仕方なかった。どうやらそれが声色と顔に出てしまったらしく、今度は不動があたしにちげぇよバカかお前、なんて言ってきた。さっきあたしがバカと言った仕返しなのだろうか。


それに当たり前だけど冬花ちゃんかわいいし。ハーフアップの髪型も似合ってるよねぇ。この前ね、たまたま目が合っちゃったんだけど、冬花ちゃんがお疲れ様ですって言ってくれたの!もう疲れとか吹き飛んじゃったよね。あーあ、録音しときゃよかった。あっ、あと結構前のことなんだけど……なんて思いつく限りの冬花ちゃんトークを繰り広げていくと、どんどん不動はつまらなそうな顔をしていく。今なら不動のご機嫌メーターが可視状態にあるよ。絶賛右肩下がりだね。
「あの子きっとお嫁さんになったら旦那のこと尻に敷くタイプだよ。旦那さんの扱いめっちゃ上手そう」
「……否定はしねぇ」
「でしょ!?不動もそう思う!?ねっ、ねっ、やっぱ不動も見る目あるじゃん!」
「肯定もしてねーよ。つか今のお前オタクみたいでいつも以上にキモい」
「オタク……確かにあたし冬花ちゃんのオタクなのかも。えへへ、冬花ちゃん好きだなぁ」
「気色悪ぃなほんと。そんなに久遠のことでベラベラ喋れんだったら本人のとこ行ってベラベラ喋ればいいんじゃねぇの」
「やだやだ、無理だってぇ!だってあたし冬花ちゃんの前ではめちゃくちゃ猫かぶってんだよ?それは不動もわかってるでしょ」
「おーそうだな、今のお前をアイツに見せてやりてぇよな」
「悪い冗談やめてよー。あたしこれから冬花ちゃんとまともに話せなくなっちゃう」
「今までもまともに話してねーくせによく言うよな。今ここに久遠が入ってきたらおもしれーのにな」
とんでもないご冗談がニタニタと笑う不動の口からとび出たその時、がチャリとドアの開く音が背後から聞こえた。
 まさかね、なんて思っていても脊髄反射のようにはっと振り向くと、そこには話題の中心の子が立っていた。そんなことあっていいの?ねぇ不動。お前の冗談は本当に笑えないんだよ!
今すぐ不動に詰め寄りって胸ぐらを掴みたいけれど冬花ちゃん……久遠さんがいる前でそんなことは出来ない。
「……おはよう、久遠さん」
「おはよう。……不動くんも。二人とも、早いんだね」
「あはは、まぁね」
あたしと久遠さんが当たり障りのない言葉を交わしている最中、すぐ後ろで不動が俯いて身体を震わせていた。不動お前絶対今笑ってるだろ。ほんとに許さないからね。不動のせいで貴重な久遠さんとの会話が頭に入らないし集中できない。マジのガチで許さねーからな。
 久遠さんが静かにドアを閉めた。足音が遠ざかったあと、不動は我慢という蓋を外してしまったんだろう。腹を抱えてバカみたいに笑い始めた。許さねぇ。
「今のお前最高に滑稽だったぜ!いやぁクソみてぇな話にわざわざ付き合った甲斐があったな!なーにが おはよう、久遠さん だよ」
「だから言ったじゃん、あたし猫かぶっちゃうって」
「お前久遠に向かうとあんなに大人しくなるのに裏で冬花ちゃん好き〜とか言ってんの、ほんとキショいわ」
「お前が冬花ちゃんって呼ぶ方がキショいわ!!好きとか言わないでよ朝から鳥肌立たせやがって」
「別にお前の真似しただけだっつーの。自分の気持ち悪さがわかったか?」
まだからかい足りないのか、ずっとムカつく笑みを浮かべながら猫かぶり状態のあたしのことをバカにしてくる。てかあたしの真似全然似てないんだけど。
「あーほんとムカつく!!不動に話さなきゃよかったー。冬花ちゃんにもバレそうになるしさ」
「バレたらどうするつもりだったんだよ」
さっきまで背もたれに寄りかかっていた不動がほんの少しだけ真剣な顔(でもやっぱり面白がって口角が上がっているのは変わりない)をして聞いてきた。
「え……。に、逃げる、かな」
そんなこと実際になってみたいとわかんないよ。なりたくないけど。と付け足す。
っていうか、不動、どこ向いてるの?あたしの後ろになんかいる?こんな朝から後ろに幽霊が、なんてのはさすがに引っかからないよ。
「だってよ、久遠サン?」
え゛、と喉を潰したような汚い声が出た。いやいや、まさか、そんなはずは。本当に、本当の本当にお前の冗談は笑えるものじゃないんだよ不動。ギ、ギ、ギと錆び付いたロボットみたいに不動の視線の先に顔を向けた。

 久遠さんが、立っていた。久遠さんが、微笑んでいた。

 お、終わった……。
こんなキモいことを裏で言っている自分が本当にキモいことを今痛感した。さっきの不動の似てないあたしの真似よりも百倍はキモいかもしれない。ごめん不動あたしの方がずっとキモかった。あたしの言動は裏でコソコソ悪口を言うよりもタチの悪いものかもしれない。
 「名前ちゃん」
「はっ、はぃ!」
「よかったら今度、一緒にお買い物しようよ」
「えっ…………え?」
「嫌だったかな?」
「ぜんぜんっ、全然!行こう!買い物!」
よかった、とニコッと笑ってまた荷物を持って部屋を出ていった。あぁ、可愛い。

 「ま、わけのわかんねー女同士お似合いじゃねぇの」
「ほんと?ありがと不動!やっぱ話聞いてもらってよかったー!っていうか聞いたぁ!?名前ちゃん、だって!あたしのこと名前で呼んでくれた!これ、あたしも、ふ、冬花ちゃんって呼んでいいサインだったりする!?」
「人生楽しそうだよなお前」
「え?今なんて!?」
「キモいって言っただけだよバカ女」
残念ながら今はだらしない笑みしか出てこない。今なら不動のどんな言動にも笑って許してしまうだろう。
今日は素敵な一日になるに違いない。

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