木野さんが死骸を埋めるだけの話
ほんとうにたまたまだった。偶然だった。意図しないものだった。気まぐれだった。珍しく早く起きられたことが嬉しくなって、ちょっと早く学校に来てみただけだった。いつもは登校してくる生徒で賑わっている校門も、今はまだがらんとしていた。朝練をしている運動部の声やボールの音がよく響く。いやはや、こんな早くからご苦労なことで。
ずしゃり、ずしゃり。
校舎の日陰からそんな音が聞こえた。女子制服のスカートがちらりと見える。誰か花壇に新しい花でも植えているのかと思って軽い気持ちで、というより気持ちすらなく、なんとなくで覗いて見た。
動物小屋のすぐ隣に女の子はしゃがんでいる。女の子の目の前にはうさぎが横たわっていた。私からは女の子に隠れてしまって脚部しか見えないけれど。
そういえば学校でうさぎを飼っていたんだっけ。うさぎはぐったりとしていて、あぁ、死んでいるのだなと他人事に思った。初めてみる姿が死骸なんてねぇ。
女の子は手を止めるとスコップを地面に置き、うさぎをそっと抱えて穴の中へと埋めた。飼育係はこんなこともやらなきゃいけないのか、お気の毒に。そういえばこの子誰なんだろう。
木野さん。
木野さんだった。誰にでも優しくて穏やかな木野さん。家庭科が得意な木野さん。騒がしい円堂といつも一緒にいる木野さん。サッカー部のマネージャーの木野さん。
死骸を埋める女の子が木野さんだとわかった瞬間、サッと身体の熱が消えた。いやもしかしたら熱くなりすぎて感覚がおかしくなっているのかもしれない。動悸がする。足が動かない。指一本すら動かない。
木野さんの横顔はいたって真面目だった。そこに悲しみも慈しみも恐怖もなかった。校舎の影が木野さんとうさぎを隠す。
うさぎを埋め終わった木野さんが近づいてくる。どうしよう。
「おはよう」
何の変哲もない挨拶だった。いつもと変わらない優しくて穏やかな声だった。そこで棒立ちしている私を不審に思うような素振りも見せなかった。なのに、それがどうしようもなく恐ろしかった。おはようと返すこともできなかった。
木野さんはなにも背徳的なことをした訳では無い。ただ普通に死んでしまったうさぎを供養しただけだ。それだけの話だ。なのに、私は木野さんが怖くてたまらなかった。なにかいけないものを見てしまったかのような、そう、私が背徳感を感じてしまったのだ。あの校舎の影は、私と木野さんと死んだうさぎをこの世界から隠して、隔離したように思えた。
休み時間、友達と話していた木野さんと一瞬、目が合った。