ただのさもしい女の子です故

 コンコン、と窓ガラスから二回、鈍い音が聞こえた。図書室から借りていた本を傷めないように栞を挟んで窓の方へと顔を向けると、やっぱり予想通りの人物がそこにはいた。
窓を開けると、わっとあの流れの止まったようなもわもわとした空気が流れ込んできて、一瞬息ができなかった。近くで蝉が鳴いていて鬱陶しい。
「今から外で遊ぼうぜ」
「やだ」
「いいじゃんかよぉ、たまには」
「私、夏は外に出たくないってずっと言ってるじゃん。なんで毎年誘ってくるの」
「おばさんから言われてんの。"名前ちゃんはあまりお外で遊びたがらないからアキラくんが誘ってあげて〜"って」
夏は外に出るのが嫌。日焼けするのが嫌。運動音痴なのがみんなにバレやすくて嫌。気持ち悪い虫がいっぱいいて嫌。
それにね、部屋の中から見る夏も素敵なの。部屋の中からだって爽やかな青空が見られるし、大きな雲だってじっくり眺められる。しかもそれを快適に見られる。昼間の薄暗い部屋から見るその景色って、妙に心に残るの。貴方とこうして窓越しにおしゃべりするのも好き。私は私なりの夏の楽しみ方を知っている。
「それに俺だって名前と外で遊びたいし」
アキラくんは、よく私にストレートな言葉で気持ちを伝えてくるところがあって、いつまで経ってもそれに慣れることができない。
「……。じゃあ、ちょっと待ってて。着替えてくるから。……あ、玄関鍵開けとく。入ってていいよ」
「へいへーい」

 「待たせてごめんね」
お気に入りのワンピースを着て、日焼け止めもバッチリ塗ったし、鞄には水筒とタオル、汗ふきシートも一応入れておいた。お化粧はまだ練習中だから、薄く色づくリップだけ。
「いいよ別に」
姉貴の方がもっと長いからな、と付け加えて玄関を開ける。白いアスファルトの眩しさに思わず目を眇めた。
日差しの下は先程とは比べ物にならないほどに暑い。日傘のおかげで何とか普通に歩けているようなものだ。
「ここでジェラート売ってるんだ。知らなかっただろ」
「うん。夏季限定なんだね」
小さなワゴン車からお姉さんがにこやかにお客さんへとジェラートを受け渡している。すぐ側にあったボードにはおすすめ商品が大きくアピールされていたので、二人揃ってそのおすすめジェラートをお願いした。注文した後に違うものを頼めばよかった、と下心の伴った後悔が生まれた。
「あそこの噴水の近くで食べようぜ」
「うん。あれ、入っていいの?」
「遊べるらしいからな。入るか?」
「ん」
サンダルを脱いでゆらゆらと揺れる水面にちゃぽん、と足を浸す。
「ぬるい」
「足湯かってーの」
暫くお互い無言でジェラートを食べ進めていると、アキラくんが立ち上がって少し後ろに下がって行った。食べ終わってゴミでも捨てに行くのかと思って、私は変わらずのんびり食べていると、目の前で勢いのある音と共に水しぶきが襲いかかってきた。
「ち、ちょっと!やだ、ジェラートが!」
「アハハハハハ!!」
急いでその場から離れるも濡れることは避けられず、アキラくんはお腹を抱えて笑っている。
「酷い!!こうなること、わかってたでしょう」
「いやー、悪い悪い。十五分おきにこうなるんだよ、ここ」
ジェラートのパリパリのコーンは噴水の水でしなしなになっている。最悪。
「コーン食べて」
「えっ」
「アキラくんのせいでしなしなになったこの惨めなコーン、責任もって食べてください」
「わかったよ。むしろ多く食べられてラッキーだぜ」
私の左手に握られた可哀想なコーンを取ろうとするのに待った、のサインを出して僅かに残ったジェラートの部分を急いで全部食べた。
「おい!!マジでコーンだけかよ!」
「だから言ったじゃん、コーン食べてって」
「クッソ〜〜!」

 「あ!?深司!」
「神尾」
帰りがけに伊武くんとばったり出会った。手にはラケットとボールが握られている。
「テニスしてたのか?なんで俺を誘わなかったんだよ!」
「神尾が苗字さんと遊ぶって言ってたから俺は気を遣っただけなのになぁ……」
後ろからはどんどんと見慣れた顔が見えてきた。不動峰のテニス部員だ。
「あ、杏ちゃん!?」
杏ちゃんが姿を現すとアキラくんの顔からは「好き」が溢れ出ていた。杏ちゃんはニコッと笑って軽く手を振り、アキラくんはとろける様な笑顔でそれに振り返している。杏ちゃんは私にも手を振ってくれて、私もぎこちなく振り返した。
ちょっぴり悲しくなったけど、でも今日は私を誘ってくれたという喜びもあるから、それを大事にしようと思った。
「アキラくん、私、ここで見てるから」
「……いいのか?」
「うん」
「サンキュ!行ってくる」
なにかに弾かれたようにコートに飛んでいく彼を見送ってから私もそばのベンチに腰を下ろす。きっとすぐには帰れないだろうという予想は当たった。ちゃんと水筒を持ってきてて良かった。休憩がてら、杏ちゃんがお話し相手になってくれたりもして、相合傘になった日傘の下、敵わないなぁと思った。

 「ごめんな、暇だっただろ」
「別に、気にしないで」
時計を見るともう夕飯も食べ終わる時間なのに、まだまだ太陽は沈みきっていない。
「今度はお前ん家であそぼーぜ。家の中の楽しみ方は名前のほうがよく知ってるんだろ?」
「……わかった。じゃあ宿題持ってきて、一緒にやろうよ」
「ゲッ。楽しくねぇじゃん」
「外じゃ宿題なんてできないでしょう」
「そりゃまぁそうだけどよ」
「冗談。でもアキラくん、宿題に手つけてないでしょ」
「宿題以外の面白いこともあるんだろうな」
「もちろん」
「じゃ、英語の宿題だけ持ってくわ。お前もう終わってる?」
「写させないよ」
「ちがっ、教えてもらいたいだけだし!」
確か、家にはジェラートメーカーがあったはず。今度こそ二種類作って、それを半分こできたらいいな。

企画サイトremedy様に提出
title by 星食様
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -