きみが死んだら少しだけ泣く

※アニメ設定/女主


 「苗字さん、この後一緒に帰らない?」

 円堂くんが、事故で死んだらしい。
てっきり円堂くんは長生きするものだと思っていた。ダイスケさんくらい長生きするんだと思っていた。というか、なんとなくこの葬式が嘘臭くて、円堂くんが亡くなったという事実が飲み込めない。夢かしら。なんて不謹慎な夢なの。式中もずっとふわふわしてたし、今だって足取りがふわふわしていた。この手首を掴まれるまでは。
 「お父さん。私、苗字さんとお喋りして帰るから。またね」
私の返事を聞くことも無く彼女は義父の監督──久遠道也──に一方的にそう伝え、私の手を取り歩き出した。久遠監督のああ、という短い返事が聞こえたような気がした。
「ごめんね、苗字さん」
「ううん。いいよ、大丈夫。かんと……お父様と何かあったの?」
久遠さんは首を横に振った。たしかに、さっきのやりとりのニュアンス的には何も気まずさは感じられなかった。っていうか、あれ、私こんなこと言っていいような関係だった?
「あのカフェに寄らない?」
うん、と静かに返事をして久遠さんの後ろを着いて行く。軽く握られていた手はもう離れている。なぜ私なんだろう。

 レトロチックな扉を開けると落ち着いた色味の内装と暖かな照明が黒づくめの私たちを溶かしてくれた。
「ホットコーヒー、お願いします」
「じゃあ、私はカフェオレで」
なにがじゃあ、なのかは自分でもよくわからなかった。未だにコーヒーが飲めない自分がとても恥ずかしく思えた。
「久遠さん、泣かなかったね。意外かも」
今日の私はなんだか失言が多い。泣かなかったね、なんてまるで卒業式の薄いやり取りじゃない。それでもそれを後悔することは無かった。
「うん。なんだかね、なんでだろうね」
久遠さんは、円堂くんの幼なじみだ。円堂くんの幼なじみで、円堂くんのことが、……好きなのだろうか。好きだったのだろうか。少なくとも、私が近くから遠目に見ていたあの頃は好きだったんだと思う。
「久遠さんは、」
えん、と口にしたところでタイミング悪く、いや、タイミング良くコーヒーとカフェオレが運ばれてきた。なぜか私の目の前にコーヒー、久遠さんの目の前にカフェオレがそっと置かれる。顔を合わせてくすっと笑ってお互いのものを取りかえて、そこからは、他愛のない話をした。何一つ中身のない話ばかりで、そこに円堂くんというキーワードは一切出てこなかった。
いつ切り上げてもおかしくなかったけれど、なかなか私たちのコーヒーカップの底は見えない。今度また落ち着いたらお喋りできたらいいねなんてことも話したけど、それは無いだろう。そんな気がする。だって、私たちまたこれから何色でもない他人になるのよ。その証拠に、連絡先だって知ろうとしないじゃない。
「あともうちょっとだけ、付き合ってくれる?」
私が飲み終わるのを見計らって久遠さんは私にお願いをしてきた。ええもちろんいいですとも喜んで。また静かに首を縦に振る。
外はもうすっかり空の色を変えていた。稲妻町にはこの景色が良く似合う。久遠さんの影は真っ黒だ。
そういえば、久遠さんは、昔私と英語の授業でペアを組んだことを覚えているだろうか。私は覚えている。でもきっと久遠さんにとってそんな出来事は自動的に流れる過去でしかないのだろう。きっとそうだ。それでも私はその思い出を、何気ない顔をしながら爪がくい込むほどに強く掴み続ける。いつか劣化して、壊れてしまわないかしら。

 「私、似合わないでしょう。これ」
久遠さんが歩みを止めたのは稲妻町を一望できる鉄塔……の目の前だった。ぐるんと振り返って夕日に背を向け、スカートを軽くつまむ。装飾のない黒いワンピースにつまらないジャケット。脚は黒いストッキングに隠され、もちろんつま先だって真っ黒だ。
「うん。なんか、ずっと落ち着かない」
うふふ、と軽やかに笑って彼女はまた夕日を見つめた。そのあとにそんなことないと思うけどな、なんて無難な選択肢が思い浮かんだけどもう遅い。何もかも。喪服は似合わないくせに、逆光の暗さはよく似合うんだね。知らなかった。
ここには円堂くんたちの特訓に付き合って何度が来た覚えがある。その時、久遠さんはまだいなかったはずだ。久遠さんは、ここで何を見ているの。逆光じゃあなたがよくわからない。元々わからないけど。
「……久遠さんは、私が死んだら泣いてくれるかな」
「そうね……。じゃあ、少しだけ泣いてあげるね」
ぶりっ子とも言っていいような仕草で私の心臓にそっと鎌を添える。なんて恐ろしい女。私の死神様。私の葬式はそんな服着て来なくてもいいからね。

ただでは生きない様に提出
 title by 花洩様
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