御礼&企画小説 | ナノ
*君色の花*
「えー。それじゃあユーリ、しばらく帝都には帰ってこないんです?」
帝都の城、エステルの自室にて。
眉をハの字に寄せたエステル。
さみしそうに下がる目元に苦笑し、オレはその頭の上に手をのせた。
「わりいな。依頼でマンタイクまで行くんだ」
「それは、仕方ないですけど……」
だけど、明らかに残念そうなエステルの表情。
オレは小さく苦笑する。
しばらく帰れない。
そういうたびに悲しそうに細められる目。
連れ出したいとは思うが、それが許されないことはお互い知っている。
あの旅から数年。
エステルは副帝として、執務に明け暮れている。
皇帝はヨーデルになったとはいえ、エステルのその立場は重い。
あの頃のような好き勝手はもう許されない。
それにしても。
耳が生えていたらしゅんとたれていそうな、この悲しそうな顔は。
なんだかたまらなくなって、腕を伸ばす。
その手は彼女の細い手首をつかんだ。
「ユーリ?」
「……すこし、散歩しようぜ」
庭にはたくさんの花が咲き誇っていた。
手入れのされたものから野草まで、本当にそれぞれ。
それはきっと、野草すらも愛す、エステルの要望なのだろう。
風が吹き抜け、エステルの桃色の髪の毛が散る。
あの頃よりも少し伸びた髪の毛はふわりと揺れるたび、甘い香りが漂ってくる。
「――あ!」
それまで無言だったエステルが、立ち止まる。
その視線の先にあるのは、青紫色の野草。
「きれい……」
指先がその花にそっと触れる。
頼りないぐらい細い茎は、指先でつついただけで簡単に揺れた。
オレは横からその花をのぞきこんだ。
「へえ。野草か?」
「そうみたいです! たしか、シオンって名前の花だったと思います」
「シオン、ねえ……」
青紫色の花弁はゆらゆらと揺れた。
エステルはそれに目を細めて、ほほ笑む。
「ユーリの色です」
「は?」
ひとふさ手折ると、エステルはそれをオレの顔の横に並べた。
「このお花、ユーリと同じ色をしています」
これなら、ユーリがいない間もさみしい思いをせずに済みそうです。
そんなことを満面の笑顔でいうものだから。
……顔に熱が集まった。
オレはそっとエステルを抱きしめた。
「……帰ってきたら、話がある」
「え?」
「聞いて、くれるか」
許されないことなのかもしれない。
この血濡れた手で、彼女を求めること自体、罪深きことなのかもしれない。
それでも、彼女が嫌がらないなら。
……彼女が望んでくれるのなら。
オレは、エステルがほしい。
エステルは一瞬面食らったように目を見開く。
そして、それから、絶対ですからねと笑った。
青紫色のきれいなシオンの花。
エステルはそれに手を伸ばし、ふたふさ手折る。
手折ったそれは足元でその花を見上げている、娘の髪にそえられた。
「それで、パパはママになんて言ったの?」
この年頃でも女の子は恋の話が好きなもの。
目を輝かせてエステルを見上げる娘。
エステルはふふ、と笑い、後ろにいたオレと息子をふりかえる。
「なんて言ったんでしたかね? パパ」
「……忘れたっての」
くすくす笑う嫁さんと愛娘。
オレの横で複雑そうな顔で突っ立っている息子を抱きかかえる。
あのとき、オレがなんて言ったのか。
それは、この二人の存在で十分なんじゃないだろうか。
風が吹き抜ける。
揺れたシオンの花が、頷いてくれているような気がした。
(追憶の中の青紫)
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シオン
花言葉は『追憶』『遠方にある人を思う』
幸せな感じ…になったでしょうか?
お気に召したら幸いです。
それでは花言葉企画参加ありがとうございました!
またのお越しをお待ちしております!
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