しあわせをひと掬い
2011/03/08 07:02
父さんと呼び、慕ってくれる息子がいる。
そして、いつも隣でそっと笑って、そばにいてくれる嫁さんがいる。
これ以上のしあわせなんて、あるはずなかっただろ――?
高らかに響き渡る産声。
これを聞くのは、もう二度めなわけで。
生まれたばかりの赤ん坊を抱くエステルの、その額に浮かんだ脂汗を拭ってやる。
「お疲れさん」
「ユーリ……」
かわいいかわいい、オレたちの二人目の子供。
いまかいまかと待ちわびていた息子を抱きかかえ、彼の妹となる赤ん坊の姿を見せる。
子供ながらに命の神秘を感じているのだろうか。
口をあんぐり開け、おおきな目をしばたいている。
「ふふ。妹ですよ」
「おれ、おにいちゃん?」
「ああ、そうだ」
おにいちゃん!
うれしそうに笑う息子の頭をなでる。
形のいい頭を堪能しながら、新たに生まれた娘の姿に目を細めた。
「よかったな。髪の毛も桃色だし、顔立ちとか、今度はちゃんとお前の遺伝子も入ってるっぽいぞ。目は……オレと同じか」
「ふふ! そうですね!」
息子が生まれたとき、オレの遺伝子が強すぎると散々文句をいっていたエステル。
たしかにこの息子の姿は子供の頃の自分にそっくりで、顔を見せにいったハンクスじいさん率いる下町のやつらも笑っていた。
念願の女の子を腕に抱くエステル。
その顔は確かに疲れがにじんでいるが、それでも幸せに満ちあふれていた。
「ありがとうな」
「ふふ。わたし一人の力で生んだわけじゃないです。ユーリも、子守り大変だったでしょう?」
「……それは、本当に」
元気盛りの息子の相手をするのは本当に大変で。
その大変を、いつもエステル一人に押し付けていたのだと知る。
だからこそ、ありがとう。
笑えば、エステルもそれに返してくれた。
「もう泣かないんです?」
「……うっせ」
意地でも泣いてやるものかと、こぶしを握る。
それでも。
彼女の腕の中にいる新たな命に、息子の時と同じぐらい感動したのは事実だ。
「名前、なににしようか?」
「あ、いい名前があるんです! いまの時間ならちょうどいいし……」
外を見る。
白んだ空にともる橙色と、そして紫。
その紫は、彼女の瞳の色。
エステルはそっとオレの耳もとに舌打ちする。
空と、娘の色を見て、オレたちはそっとほほ笑んだ。
(夜明けの名を、君に)
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