わたしは所謂、トリップ体質というものらしい。
所謂ってなんだよ。トリップ体質なんてのは世間的な単語じゃない。だったらまだ、俗に言うとかの方がマシだ。
いや、何でもいい。何でも同じだ。重要なのは、トリップ体質という単語が異常性を秘めているのと同様に、わたしが異常な人間だったということだ。
なにこのファンタジーおかしいだろ漫画やアニメじゃねーんだから!とツッコんだ、ファーストトリップが懐かしい。
わたしは今や、正真正銘漫画やアニメの世界の住人だった。
「おーいなまえー!」
「……ああリーヤくんではないですか。わたしになにかようですか…ちょっとまって、そこにいるのはしいねちゃん…しいねちゃんちゃん?」
「ふ れ な い で く だ さ い」
わたしを呼び止めたのはふわっふわの子犬姿…じゃなく人型のリーヤくん。その斜め後ろには、頭にリボンを乗っけてきれいな足をミニスカートから覗かせたしいねちゃん。
もうここに来てから時間が経ちすぎて慣れてしまったけど、うん。
わたしの現在地は魔法の国です。
しかもこのトリップ体質、トリップの度におよそ5歳ほど年齢が退行するらしく、制御できずにホイホイ世界を渡ってしまうからここに来たときはわずか2歳だった。
今回は長く留まることができて、現在ようやく7歳になったところ。
特典なのか呪いなのか全くわからない。
次のトリップが2年以内に起こったら今度こそ絶望のあまり身投げすると思う。
…それは一旦おいておくとして、しいねちゃんが魔法のステッキと思しきものを手に女装していると言うことは、これはベルルチカか。
ぷりちーな魔法少女か。
ぜってー振らねーぞ。
「なまえ、悪いんだけど呪文を唱えてこのステッキ振っ」
「ことわる」
「即答!!」
「ひどいのだ!せめて考えてから答えてあげて欲しいのだ!」
きゃんきゃん吠えるリーヤくんが、自分が男の子に戻りたいがために説明なしでしいねちゃんにステッキを振らせたことを、わたしは知ってる。
ひどいのはお前だ。
「なまえ、ちょっとでいいんです!」
「ステッキふるのにちょっともなにもないだろ」
「お菓子あげますから!」
「だが断る」
「なんか急にはきはき喋るし!そんなに嫌ですか!!」
「あたりまえですよ。まあ、しいねちゃんはもともときれいなかおだから、ぱっとみなにもかわりなくみえますし、べつにいいんじゃないですか」
「ますます良くないですよ!!見た目に何の変化もなかったら、僕はただの女装癖の変態じゃないですか!!」
「し、しいねちゃんすごく可愛いのだ!」
「嬉しくねーよ!!」
女の子になってるしいねちゃんはマジ泣きしている。
そんなに女の子が嫌か。まあ、もうちょっと大きくなったら生理が始まるからお薦めはできないけど。
口論する2人をぼーっと眺めてそんなことを考えていたら、後ろから手が回されてふわっと宙に持ち上げられた。
「何してんだお前ら!それってなんかの罰ゲームか?」
頭のすぐ上から聞こえてきた声に、わたしは思わずため息をついた。
またこいつか。こいつのちっちゃい子を見るとすぐ抱き上げる癖はどうにかならないのか。
「平八!」
げんなりしてるわたしとは逆に、なんかすごい嬉しそうな犬。じゃなくリーヤくん。
あ、こいつまた、
「平八さんいいところへ!このステッキ振って、呪文を唱えてくれませんか!」
しいね、お前もか。
君たちはもうちょっと後先を考えて行動するべきだ。
って思ったのに、ノリノリでステッキを受け取ってる平八。
こん中じゃ一番年上だろうにこいつ。それでも魔王の息子か。
「なになに?これ振って歌って踊ればいいんだな?任せろ!」
「いえ、歌って踊れとまでは…」
「よし、歌って踊るぞなまえ!」
「なんでだよわたしかんけいねーじゃんやめろまきこむな」
「よーし、ベルルンベルルン」
「よ、よせ!やめろ!」
全身全霊で拒否しているのに、わたしの手を持って一緒に踊らせる平八はマジでノリノリだ。
ちくしょう。でも変身するのは平八だけだ。往来で踊らされるのは恥ずかしいけど、でも魔法美少女に変身するという羞恥プレイは、
「ベルルチカっ☆」
…………なんでだ。
「……」
さすがの平八も一瞬固まった。固まったけど、次の瞬間大爆笑し出した。
「ぎゃはははは!うっそまじ!?俺様うっつくしー!!」
確かに美しい。さすが魔法美少女変身ステッキ。そんなオプションがなくても、平八はもとから美形だけど。
だけどショーウィンドウを鏡代わりにポーズをとるのはやめてくれ。
「なまえも見てみろよ!ほらかっわいーだろ!」
呆然とするわたしを抱き上げてヒィヒィ笑う平八(♀)。
ガラスに映ったわたしは、ふりふりぴらぴらふわっふわの、いかにもな魔法少女の姿をしていた。
「となえてねーのに…わたしとなえてねーのに…!」
「これおもしれーなー!よっし、次はポーちゃんひっかけてやろー」
「せめてなぐさめろよ!」
わたしを抱えたまま走り出す平八(♀)の腕をべしべし叩くも、無視。
というか多分、わたしが抵抗してることに気づいてさえいない。
こういうところだけは、魔王の息子だなって想う。
「とーちゃーく!よし、お前らその辺に隠れてろよ。俺様がポーちゃんを魔法少女にしてくるから!」
にゃんこハウスの手前で立ち止まり、いい笑顔で言う平八(♀)。
ポピィくん逃げてと思わなくもないけど、正直この服装でいることの羞恥心がかなりでかい。
「リーヤくんしいねちゃん、わるくいってごめんなさい。これはじぶんのことだけかんがえてだれかにおしつけても、しかたのないしうちです」
「気にしなくていいですよ、無理に振らせようとした僕も悪かったですし」
「まほうしょうじょをそつぎょうしたからってよゆうかましやがって」
「しっ、2人とも静かにするのだ!ポピィくんが出てきたのだ!」
リーヤくんに言われて口を噤んだら、にゃんこハウスの入り口付近で平八(♀)がポピィくんを丸め込んでいるようだ。
少しして、ポピィくんは平八(♀)に合わせて、見よう見まねで踊り出した。
「歌って踊らなくていいって言ってるのに…ぷふっ」
「ポピィくんは真剣なのだ。笑っちゃだめなのだ。…ぶふっ」
「…ポピィくんはどうしてあんなにだまされやすくじゅんしんなんでしょうね…スパイなのに…」
早く魔法少女卒業したいとはいえ、騙されて踊っているポピィくんが不憫に思えて思わず遠くを見てしまった。
次の瞬間、いつもの平八の声で馬鹿笑いが聞こえてきてハッと視線を戻したら、ポピィくんは魔法美少女になっていた。
当然、わたしも脱・魔法少女。
ポピィくんご愁傷様、そして有り難う。
「だははははははひっかかったひっかかった!だははははヒー腹痛ぇヒィー」
「だ、騙しやがったな平八!!」
今のは、騙される方がどうかと思う。
乾いた笑いを浮かべていたらポピィくんが今にも死にそうなくらい絶望していたから、リーヤくんとしいねちゃんを促して隠れ場所から出て行く。
「お、お前らもグルかよ!」
「すみませんポピィくん…」
「はー…もういいから戻せよ」
「それが、もとに戻るには他の人に魔法少女になってもらわないとダメなのだ」
「…は…………お前らバカか。最初っから女の子にステッキ渡せば何の問題もねーだろ」
至極真っ当なことを言うポピィくん。でもね、女の子にだって魔法少女はさすがにキツいって子もいるんだよ。
「言われてみれば…あ、でも……」
「ほら、そこになまえいんじゃん。なまえこれ、」
「くたばれ」
「なまえ、そういう魔法は使ったらダメなのだー!!」
デリカシーのないポピィくんを魔法で吹っ飛ばしたら、リーヤくんに肩を掴んでがっくがく揺さぶられた。
推定2歳のわたしを拾ってくれたのがセラヴィー先生だったから、実はわたしも魔女っ子だ。
でも、たまにケモ耳がついてる以外は至って普通の青ずきんのわたしにぷりちーな魔法少女はキツい。
精神年齢がひどいことになっているせいで、もうほんとにキツい。
「なんでだよ…!いつも思うけど、こいつガキとしておかしいだろ!」
「えっ魔法少女!?と目を輝かせて興奮するくらいがこの年頃の女の子の正しい反応ですよね…」
超能力で空中停止して戻ってきたポピィくんが理不尽に怒って、しいねちゃんが同意する。
だってわたし君たちが思ってるような年頃じゃねーもん。
どろしーちゃんより年上だもん。
たぶん、一番歳が近いのリザードさんだもん。
「こういうのはおんなのこがだいすきなので、チャチャにわたしたらいいとおもいます」
「お前も女の子だろー」
「………………だきあげないでください」
「今の間は何なんだ?」
妙齢すらとっくに過ぎた女性だって言おうとしたんだよ。
でも、信じてもらえねーとかそれ以前にものすごい悲しくなったんだよ。
「あ、お師匠さま!チャチャさんがどこにいるか知りませんか?」
わたしが平八に放り投げられながらヘコんでたら、しいねちゃんがどろしーちゃんにチャチャの居場所を訊いてた。
チャチャは妹と遊びに行ってるようで、そしたらたぶん夕方まで戻ってこない。
ポンポン投げられながら見守っていたら、アホ犬とアホハゲはまた後先考えない提案をし出した。
「じゃあチャチャさんが帰るまで、お師匠さまが持っててください!とりあえずポピィくんが救われるので」
「どろしーも女だから問題ないじょ。呪文を唱えてステッキ振って欲しいのだ」
いや大ありだよ。
それは魔法少女になるステッキであって、どろしーちゃんは女性なんだよ。
とか思ったけど未だに平八の人間お手玉が止まないから何も言えない。
そして次に宙に放られた瞬間、どろしーちゃんは在りし日の金髪美少女姿で魔女っ子衣装を身にまとっていた。
…どろしーちゃん頑張れ。
「おっ、金髪美少女だったんだー」
平八がどろしーちゃんに見とれたお陰で、わたしの空中浮揚は終了した。
吐きそうだ。
「しかしこれは、セラヴィーさんに見つかったら……」
「ヒィイあんたたちどうしてくれ、」
「ぼ、僕のどろしーちゃんが帰って来たぁああ!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
どこからか飛び出してきた変態に飛びつかれて、どろしーちゃんが断末魔の叫びを上げた。
あまりにも不憫で見てられない。
「あんたらどうにかしなさいよぉお!」
「ど、どうしたらいいのだ!?」
「しいねちゃん、とにかくだれかにステッキを…」
「あ、はい!」
慌てふためくわたしたち。でも誰も、自分が魔法少女になってあげようとは思わない。わたしも嫌だ。もういっそ潔くていい気がしてきた。
「あっ、おじーさんっ!これを振って…」
「え゛」
ステッキを持って走っていくしいねちゃんの先には、リザードさん。
庭仕事中なのか如雨露なんか持ってるけど、いつも通りの可憐な美少女。
そこに近づく前にしいねちゃんはセラヴィー先生に止められたけど、既にリザードさんはしいねちゃんなんか見ていない。
わたしだ。
「ああっなまえー!もー最近ウチに来てくれないから寂しいんですよー」
「あ…あはは……」
リザードさんの本性は肉食トカゲだ。
食べるのは基本的に動物。
なのに何故かわたしのことを餌と認識している。
ただ、今のままではサイズに不満があるらしく、ヘンゼルとグレーテルみたいな状況になっている。
「ほら、こんなにガリガリに痩せちゃって!さ、ウチに来てご飯食べましょうね」
そしてウチに来てご飯になりましょうね。
わたしの脳内で、副音声という名の幻聴が響いた。
「だっ、だれかたすけ…」
助けを求めて振り返ったけど、そこにいる全員がステッキの奪い合いに参加していて、なんていうか修羅場だった。
唯一ヒマそーな平八は、やんややんやと乱闘をはやし立てている。
「さ、ヘルシーな野菜料理でさっぱりとした体を目指しましょーねー」
「ひぃいいい!」
結局、ステッキ争奪に夢中になってるセラヴィー先生の目を盗んで逃げ出したどろしーちゃんに救助されたとき、わたしは大量の生野菜に囲まれて口にトマトを押し込まれている最中だった。
リザードさんは既に総入れ歯のじじいなのでいい加減摂生させて欲しいと、わたしはマジ泣きしてセラヴィー先生に訴えた。
後日、テレビで魔法少女ベルリーナちゃんというアイドルが人気を呼んだ。
どう見てもあのステッキを持っているのに誰に訊いても口を噤んで目を逸らされたから、やっぱりそうなんだ…と朧気な記憶を心の隅に仕舞い、追求はやめておいた。