出立の日、見送りに来たのは志摩家一同……どころじゃない、京都出張所の主立った面々が駅にずらりと集合していた。

座主の子息が祓魔師になるために東京へ行く、というので、みんなテンションが上がっているらしい。どうしても抜けられない仕事が入っている人以外、全員が駅に来たようで、たかが高校入学だというのに泣いているおっさんもいる。

仕事しろ。

勝呂ジュニア並びに、同い年ということもあって将来は腹心の部下になることが確実であろう五男と子猫さんは、そんな出張所の面々に囲まれて激励の言葉やら京都土産だとかを散々渡されている。

十メートル以上離れたここからでも辟易しているのが見えるのに、大人たちは気付いていない。スーパーハイテンションって怖い。

わたしはと言えば、そんな喧噪から離れたところで、ひとり甲斐甲斐しく荷物の積み込みをしている。服やら本やらといった荷物の大半は、宅配便で寮に送ってある。が、こうして滑り込みで餞別を渡してくる祓魔師どものせいで、手荷物の量が半端でない。しかもこれらは、全てあの三人のもので特に勝呂ジュニア宛ての物が半数以上だ。

ちくしょう足下見やがって。ジンは人間の召使いだとでも思っているんだろうが、わたしが本当にジンだったらお前ら全員サナダムシにされてるからな。

なーんて思っても、本物のジンじゃないわたしにはそんなことできないから、黙々と荷物を運ぶ。

両腕で抱えるほどの八つ橋の包みがあったときには、殺意が湧くかと思った。しかも、それだけ袋に『メアリへ。頑張れ』と書かれていたのをみて、何の嫌がらせだろうと思った。

それでも自分を抑えて荷物を片付け終え、先に席に座っていようと切符を確認したら、ぽん、と肩を叩かれた。


「メアリ、いろいろ面倒かけてすまんなあ」


声を掛けたのは志摩家次男。

振り返れば、祓魔師集団から抜け出してきた志摩家一同がずらっと並んでいた。
多数対一人に慣れていなくてちょっと身を引いたら、志摩母がおっとりと微笑んでそれを止めた。


「驚かしてしもて堪忍え。こないむさ苦しのに囲まれたら、気色悪いやろ。けど、みんなメアリはんにお別れ言いたあてたまらんのよ」

「……や、えっと、わたしも、ご挨拶しなければとは思ってたんですが……こちらから出向けずすみません……」


しどろもどろに言い、ぺこりと頭を下げる。

多人数と向き合うことに慣れていなければ、志摩母と会話するのにも慣れていない。更に、改まった空気なのが落ち着かない。あらゆる意味で逃げ去りたい。


「そない畏まらんでええのよ。私なんて家のこと全部押し付けて男三人の面倒見さしてしもて、怒られてもおかしないくらいなのやから」

「いや……一日三食風呂トイレ付きでその程度の労働なら安いものだと思いますです。拾っていただいて感謝してます」

「拾うやなんてけったいな。困とるひとがいやしたら当然のことやわ」

「大事な息子さんまでわたしに預けていただいて」

「大事やのは子どものうちだけやわ。図体ばかりいっかいなって家のこと何もでけへんのが三人も、大変どしたやろ」

「いえいえみなさん良くしてくださって」

「まあ、かいらしいお嬢さんが来はったから、猫被っとたんやろか」

「二人とも、他人行儀にぺこぺこすんのはその辺にしとき」


社交辞令とお追従を多分に含んだ会話をしていれば、志摩父が呆れたように志摩母を引き戻した。助かった。どこで切り上げればいいのか、全くわからなかった。

ほっと息をついたら、にやにやと笑った四男がわたしの頭に無遠慮に手……というか腕を置いた。


「何や、メアリもうちの母ちゃん苦手なんか」

「……慣れないだけです人を腕置きにすんな今すぐ離れろ」


ぎっと睨めば四男は「おおこわ」なんて笑いながら離れた。むかつく。が、御家族の手前ぼろくそに貶すのも気が引けるし、何よりわたし自身の印象を極端に下げる行為は慎みたい。

怒りを放出できずとりあえず睨み続けていたら、志摩母がぎりぎりと四男の耳をひっぱった。


「金造何しとんのや!あんたは優しいされると直ぐいちびんのやから!」

「い、いたた、お母ちゃん堪忍、いたたた」


本当に痛いのか、四男の目には涙が浮かんでいる。よくよく見れば、志摩母の指先は力を籠めているせいで白くなっている。志摩母は容赦がない。

笑顔でこちらに謝罪してくる志摩母に、もう良いから放してあげてと言いたくなるくらい、四男の痛がり方は本気だった。

引き攣った笑みを浮かべていたら、志摩父と次男が溜め息をついた。わたしも一緒に吐き出したかった。


「さて、時間もないし、あっちはほっとこか」


未だに母から小言をもらっている四男を無視することにしたようで、志摩父はさっとこちらに向き直った。


「メアリ、ほんまに面倒なこと頼んでしもてすまんなあ。けど頼れるもんも他にないし……申し訳ないけど、廉造のこと頼んます」

「いや、そんなに気にしないでください。五男は確かにウザいですが、今までと変わりない毎日というだけです。大丈夫です」


いつかのようにばっと頭を下げた志摩父に、わたしは慌てて返事をした。他人の目がある場所で、出張所所長が頭を下げるのはまずかろう。下手をすると、出張所の皆様にわたしが睨まれかねない。

そう思って期待の星を取り囲む親ばか集団を見れば、まだ子どもたちに夢中だった。良かった。でもやっぱり、何とも言えない思いが湧き上がる。早く仕事に戻れ。

もやもやを抱えながら視線を戻すと、志摩父は頭を上げて、ちょいちょいと指先で次男に合図を送った。頷いて次男が背後から取り出したのは、何というか、うん、若い女の子が好きそうな可愛らしい紙袋だった。それを、にっこり笑った次男はわたしに差し出してきた。

非番じゃないのにここまで来ちゃった祓魔師の皆さんと違って、志摩一家は私服だ。普通のコート姿でその紙袋を渡されて、何だかこそばゆい気持ちになる。


「餞別、言うか、今までずっとお下がり着してたやろ。お前は何も言わんし俺らも忙しいしずっとそのままやったけど、さすがに東京出てまでそれはなあ」


苦笑して首筋を掻きながらそう言って、次男が父に同意を求める。志摩父も「あんま大したもんやあらへんけど」なんて笑ってくる。

何かもう、いい人メーターが振り切れそうなくらいの優しさに、わたしは目を潤ませてしまった。


「う……ほんと、何から何まで……」

「こないなことで泣きなや。お前は家族みたいなもんやし、こんくらい当然やろ」


呆れたように笑ってハンカチを差し出す次男に、一気に涙腺が崩壊した。

家族。本当の名前も言っていないし、彼らの名前を呼んだこともない。帰ることを諦めたことで周囲に溶け込んだふりをしていながら、結局この世界と融和することを拒んでいるわたしを、この人たちは当然のように家族と見なしてくれるのだ。


「ほら、鼻水出とるぞ」


ばすん、とハンカチを押し付けてきた次男に、思わず抱きつきそうになったのをぐっと堪えた。でも、この天然タラシはわたしの努力を軽々と踏みにじってくれた。


「廉造に愛想尽かしたり、東京の水が合わんで辛ぁなったら、いつでも戻って来てええのんやからな」

「ち、ちくしょおおお!」


無念の言葉を吐いて、わたしはとうとう次男に抱きついてしまった。

戻る、とか。

それってつまり、ここをわたしの居場所にしていいってことだ。

そう言えば四男も言っていた。ここがふるさとみたいなものだろ、と自信たっぷりに。

嬉しくて嬉しくて、でも同時にその優しさが恐ろしくて、わたしは遠慮無く次男のハンカチに鼻水を染みこませた。そして、あやすように肩に手を置かれ、頭を撫でられながら、ああそうか、とぼんやり思う。

わたしは、世界を疑っている。一度経験してしまった世界との別離が、もう一度起こるのではないかと。わたしの意志なんて関係なく、ある日突然、また別の世界にいる自分に気付くんじゃないかと。

この世界に根を張ろうと思えない理由の一つは、確実にそれだ。

だからわたしは、必要以上に近寄りたくないし、優しくされたくもない。でもこの人たちは、あっという間にわたしを自分たちの縄張りに引きずり込んでしまう。

もっとここにいて、この人たちと一緒にいれば、世界と向き合う決心がつくだろうか、と。ならば京都から離れたくない、と。

そう思った所でふいに首が絞まり、わたしは潰れた蛙のような声を上げて次男から引き剥がされた。


「何やっとんねん柔兄!」

「おのれが何しとんねや金造ォゴルァ!メアリしっかりせえ!顔が爬虫類みたなっとるぞ!」

「目玉が飛び出して見えるならストレートにそう言えば良いじゃないですか!あと志摩四、お前はわたしに何の怨みがあるんだよ……!」


感傷で零れたものよりも大量の涙と鼻水が、だばだばと顔面を滴り落ちていくのがわかる。マジで苦しかった。四男は何を考えてるんだ。

ぎりっと奥歯を噛みしめて四男を睨んだら、何故か四男が睨み返してきた。わたしは何も悪くないだろうが。


「あぁん!?こない公衆の面前で恥さらしとるからやろが!繊細ぶんなや!」

「この野郎わたしだって寂しいとか何だとか色々あるんですよ!」

「あぁあ!?せやから寂しなるぞ言うたやろ!その俺の優しさを突っぱねた奴が今更柔兄にしがみついて何かわいこぶっとんのや!」

「はあ!?何の話だし!」

「小間物屋ぁ行った時や!」

「別に突っぱねてないですう!」

「要らん言うたやろ!」

「言ってねえだろ!」

「言うたんと同じやわ!」

「お前ら落ち着かんか!」


いつの間にか、ぎりぎりとお互いに胸ぐらを掴み合いながら口論をしていたわたしたちを、次男と父が慌てて引き離した。

わたしを羽交い締めにして引き摺ったのは次男で、溜め息をつきながら、ぐちゃぐちゃだった顔を乱暴に拭われた。

平常時なら子ども扱いしないで欲しいと思うところだが、四男の横暴さに腹が立ってそれどころでなかった。視界の端で、あらあらと笑っている志摩母にまで苛立ちを覚えるくらいだった。

が、志摩母は平然とわたしに笑いかけてきた。


「堪忍え、金造は昔っから利かん気ですのや」

「お、お母ちゃんは黙っとってや!」


お上品に言う志摩母に、四男がぎょっとして暴れ出した。志摩父の拘束を振り切って母の前に行き、更に何事か続けようとするのを、肩を揺すって制止する。終いには父と母の両方に殴られていた。ざまあみさらせ。

いい気味だと笑って、ずびりと鼻水を啜ったら、次男に痰になるぞと怒られた。そこまで啜ってない。

次男から渡されたポケットティッシュで鼻をかんでいたら、おい、と声を掛けられた。四男だ。無言で睨んでやったら、幾らかひるんだように身を強張らせる。

先程までと随分様子が違うので、睨んだ目はそのままだけど口は開かずに待っていたら、四男はうろうろと視線を泳がせながら近づいてきた。


「……なあ」

「なんですか」


固い声で返せばますますひるんで、う、とか、あー、とか、意味のない言葉を連発する。


「もう時間ないんですけど。父にも母にも次男にもお別れを言いたいんですけど」

「直ぐ終わるわ!」


四男は怒鳴ったけれど、やっぱりそのまま言葉が途切れる。

終わんねーじゃねえかよ、と思って、わざとらしく四男の脇をすり抜けて志摩母の元へ行こうとしたら、はしっと腕を掴まれた。


「……用があるんならさっさとしてくださいよ」

「っの、情緒のない女やな!ジンでも一応女やろが!ちょっとくらい空気読めや!」

「金造」

突然いちゃもんをつけてきた四男に、何故か呆れた顔で次男が頭を叩いた。いい気味だが、さっきからばかすか叩かれている四男の、元々良いとは言えない脳味噌の行く末が少しだけ心配になった。

そんな愚にもつかないことを考えていたら、掴まれている方の手に、勢いよく何かが叩きつけられた。


「いって!」

「べそっかきのお前にくれてやるわ!」

「……金造……」


何すんだ、と怒鳴ろうとしたけれど、いっそ哀れむような顔をした次男に気勢を削がれて怒りが引っ込んだ。そのまま視線を下げたら、わたしの手の平にはピンクのリボンがついた可愛らしい包みが乗っていた。

あれ、と思って記憶を掘り返してみれば、つい先日雑貨屋で購入した派手なヘアピンの包みとよく似ている。

そう、言えば、


「せいぜい東京で毎日泣き暮らせや!」

「……金造……」


あの時、四男が持っていたもう一つの何か、が。もしかしなくても、これ、だろう。

そう気が付いたら、四男のせいで止まってしまった涙がまた溢れてきて、わたしは「ほんとに有り難うございましたぁあ!」と志摩家の面々に叫んで新幹線に乗り込んだ。

しばらくして、祓魔師集団から解放された三人が乗ってきて、あまりの泣きっぷりにえらく心配された。

今度京都に帰ってきたときには名前で呼んでやろうと、呆気ないほどの勢いで遠退いていく京都をぼんやりと見ながら思った。

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