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わたしには家族がいる。

ある日を境に記憶が上書きされてしまって、記憶が二重にあるような、でもそれだと脳味噌が破裂してしまうから片方が曖昧になっているような。そんな奇妙な生活を送っているけど、きちんと家族もいる。

もうひとつの記憶でもこの家族だったのか、とかはわからない。
わたしには勘が良くてヒントを残してくれる三銃士はいないし、思い出すきっかけになる本もない。
それでもまあ家族は家族で、それなりにやっているから問題はない。

ないのだけど。

この家族たちは非常に厄介である。

まず、上から下まで外から中まで贅沢三昧乙女チックロリータ衣類を揃えたのは、両親だ。つい先日、学校用と称してレース付きの靴下とレース編みのカーディガンを渡されて判明した。

ぜってー着ねえ。

と思ったものの、我がみょうじ家では子どもにお小遣いをくれないらしい。必要に応じて支給、というヤツで、いちいち用途を説明しなければならない。誤魔化して衣服代に充てることもできなくはないが、甘さの足りないものを身につければ即座にばれる。そして捨てられる。

仕方がないので砂吐きそうなゲロ甘乙女アイテムを、どうにか普通に見えるよう必死にコーディネートして生活している。おかげで休日はほとんど引き籠もりだ。どうしても出かけなければいけないときも、できるだけ制服を活用している。

が、制服にも落とし穴があったわけで。

学校指定のワイシャツ、学校指定のリボン、学校指定のベスト、学校指定のブレザー、学校指定のスカート……だがしかし、靴下までは指定されていない。
アホ親どもは踊り狂ったことだろう。

風紀委員会が力を持っていることはPTAも知っているはずで、うちのペアレンツも校則違反を気にした、はず、なのだが、この有様だ。箪笥の中にはレース付きかリボン付きか透かし模様入りか……まあとにかく、装飾過剰な靴下しかない。
スリッパが委員長さま公認になる前は相当ビビっていたが、良く考えればスリッパ以外にも怪しい要素はあったわけだ。

そして、もう一つ。
うちの家族は無駄にリア充させたがる。

……いや、それはいいんだよ。わたしだって、せっかくだから中学生らしく中学生して青春しようとか、思ってる。ただ、スケールが違うというか度を超えているのだ、あの人たちは。

そんなわけで、夏祭りが開かれるという今日、わたしはきっちりかっきりお高そうな浴衣を着付けられてお高そうな草履を履かされてお高そうな巾着を持たされてお高そうな髪飾りをお上品に整えられた頭に挿されて、晴れやかな笑顔で送り出された。

当然、ついてくるなんて無粋なことはしてくれない。誰とも約束してないと言ったところで、ナンパされてきなさいと返されるのが目に見えている。そういう人たちだ。

全身がっちり夏祭り装備で固められて締め出し食らった以上、わたしには開き直って夏祭りに行く道しか残っていない。この格好でコンビニおにぎりを公園で貪って、適当に時間を潰してから帰宅というのは、いくらなんでもあんまりだ。

単身参加でコレっていうのも張り切りすぎで痛いけどねあはは、と自嘲しながら神社方面へ向かうわたしは、誰かを誘うなんて無駄なことはしない。
先日、綱吉くんに誘われてきっぱりお断りしているのだ。山本からも連絡はあったけど居留守を使った。
花ちゃんはきっと京子ちゃんと約束してるだろうし、他には…………友達、いないし。

たぶんもクソもなく絶対山本のせいなんだけど。山本信者じゃない女の子なんて数が知れているし、そういう子もわたしがスリッパだったり煙草にガンつけられたりしてるせいで、遠巻きにしてるし。

……おかしいな、青春すると心に決めたはずなのに。平穏が視界に入らない。

ほんと山本。まじで山本。あいつが諸悪の根源だ。しかも、風邪で欠席したせいで目をつけられたとか、そんなの不可抗力だ。一回でいい、頼むから山本入院してくれ。

擦れた目をして神社に着いたら、まあ当然のことだけど何人かがわたしのことをジロジロ見て、目があった途端に冷や汗垂らして顔を背けた。まあ当然なんだけど、もう少し遠慮と慎みを持って欲しい。ますます心がささくれる。

そんな調子で夜店の食糧を貪りつつすれ違う人々にガンつけ続けたわたしは、ばか親の期待を裏切ってナンパを完全ガードした。と言うと自意識過剰に聞こえるけど、実際ナンパに遭ったのだ。特に可愛くなくても、浴衣でひとりだと目をつけられるものらしい。全く世には暇人が溢れている。うちの親とかうちの親とか。

三本目のチョコバナナを頬張り適当にぷらぷらしていたら、ふいに聞き覚えのある声が耳に入った。嫌な予感がして人混みに紛れ、索敵行動を開始すると、お馴染みのメンツが慣れない手つきで出店を回していた。
なんでそんなことしてんだろうとか、テキ屋はヤーさんの縄張りでっせ大丈夫なんかとか、まあ思わなくもなかったけど、面倒に巻き込まれたくない一心で華麗に戦線を離脱した。

本当にびっくりしたというか、焦った。こんな時間では絶対に家に入れてもらえないからもう少しぶらつかなければならないが、あの辺には絶対に近づかない。絶対に、例えスリに遭って、そいつがあの一角に逃げていったとしても近づかない。

そう、例え、もしも、万が一、他の面倒に巻き込まれたとしても――


「ひぃいいいやめてくれぇええ!」


……そう、例えいい歳したオッサンが恥も外聞もなく悲鳴を上げて、バキバキに壊されていく屋台に縋り付くようにしていても、それを掴んで引き剥がして市町村の分別ルールに従わずポイ捨てしてるのがリーゼント集団でも。


「所場代を払わないなら、店を出す権利はない。君が事前にどこにいくら納めたかなんて知ったことじゃないよ。並盛を治めてるのは風紀委員会だってこと、今後は忘れないようにするんだね」


……そう、例え聞こえてきたのが、たった今回避してきた面倒よりも多少マシとはいえ五十歩百歩大同小異、関わりたくない度合いに大差ないひとの声だとしても。


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