マイフェアレディ
「雅さん、神田町巡回の報告書を纏めておきました。目を通しておいてください」
「おん、アドはほんに仕事が早いなあ。助かるわ」
「……いえ、そんなことは」
「謙遜せんでもええねんで、アドの実力は俺が認めてんねんから、胸張っとけ」
「!……はいっ」
……面白くない。
アドちゃんが仕事ができることも分かる。アドちゃんは隠れた努力家だから。
でも親父に認めてもらっていると知ったアドちゃんのあの表情……俺にも見せたことない。
周りに花が見える。
仮にも彼氏の俺に、俺以外にそんな顔してほしくないって思うことは、我儘なんだろうね……
「あの、雅さん……」
「ん?なんや?」
報告書に目を通し始めた親父は、やることは終えたはずのアドちゃんが親父のデスクから動こうとせず、話しかけてきたので不思議そうにアドちゃんを見上げている。
「今度、時間があれば、時間があればでいいんです。組手してもらえませんか?」
「組手?そんならジェリコにしてもろたらええやん」
「えっ、いやそれは……」
組手……だと。
親父は俺とアドちゃんが付き合ってることは知っている。
組の者は全員知っている。だから親父は俺に気を使って言ってくれたんだと思う。
でもアドちゃんは、言葉を濁したが嫌だと言いたかったんだ……
自分で言うのもなんだけど、俺は親父の右腕と言われている鬼徹に張り合うだけど実力はあると思ってる。
そりゃあ親父には死んでもかなわないけどさ……
(駄目だ、俺らしくない。心臓の辺りが痛い)
俺らしくってなんだ?
女の子には優しく?余裕を見せろ?
段々と心の奥底から黒いものが這い上がってくる。体中をグルグル回って、脳を支配しようとする。
好きな女には貪欲であれと、俺だけど俺じゃない何かが囁いている。
2人には気付かれないように、表面だけは冷静を保つ。
俺は2人からは離れて座っていると言っても、ここは親父の家であり事務所。
そんなに広いわけじゃない。
目の前には鬼徹が座っているけど、俺の何かを感じ取ったのか、いつも眉間にシワを寄せているのが更に深くなる。
「おい、ジェリコ」
「ん?何かな?」
「何かなじゃねえ、お前その顔やめろ」
どの顔だよ、まったく。
俺は普通だよ、と言おうとしたところで、鬼徹の鉄のマスクに映る自分の歪んだ顔を見て言葉を失った。
笑っているのに、悪魔のようだった。
「俺が嫉妬?鬼徹どう思う?」
「は?何言ってんだ、話が見えねえ」
「広い心でありたかったけど、そうはいかなくなってしまったみたいだ」
「……お前とうとう狂ったか」
失礼な。
俺は椅子から立ち上がって、2人の元へ近づいた。
背後に気配を感じたアドちゃんが振り返ったけれど、今の俺の顔を見られたくない。親父にはガッツリ俺の顔が見えていたから、目を見開いていたけど。
アドちゃんの腕を半ば強引に掴んで事務所を出る。
扉の前まで来て、鬼徹を振り替える。
「鬼徹、俺は狂ってないよ。俺の麗しい人を前にして、人間らしさが出ただけだ。至って普通だよ」