首輪を着けて、
蛇蝎会の会長である紫翠は、蛇蝎会総本部の会長室にいた。
黒羽組や龍仁会の会長がいる神田町ヒルズとまではいかないが、この建物も関西ではある意味有名な高層ビルだ。
その会長室の大人2人を並べた高さほどもある大きな扉を、控えめにノックする音が響く。
「どうぞ」
「失礼します……」
デスクで書類に目を通していた紫翠は、待ち兼ねた客の来訪に書類をサッとまとめ、顔を上げた。
ゆっくり開いた扉から見えた顔は、紫翠の心を躍らせるようだった。
スラリと伸びた手足に、背筋の良い姿勢と艶やかな長い黒髪に陶器のような白い肌。
紫翠と同じ透き通ったブルーの瞳は大きく、長く量の多い睫毛に縁取られていた。
「初めまして東宮綾乃さん。そしてようこそ、蛇蝎会へ」
「……貴方のような大物が私に何の用」
紫翠はできるだけ警戒心を与えないようにと、慣れない笑みを作ったのだが、逆効果だったようだ。
普段通りでいよう、そう思った紫翠はいつもの無表情へと戻る。
彼女から視線を逸らさずに見据えると、居心地が悪そうな顔で右腕を左手で掴んだ彼女は、心を閉ざしているように見えた。
「綾乃さんに興味がありましてね、あの黒羽雅と交際していたという女性がどのような人物なのかと」
「余計なお世話よ、放っといてくれる」
「そういうわけにも行かないんですよ」
紫翠からの視線を突き返すように、彼女も負けじと目を釣り上げ睨みつけた。
見た目に反して威嚇してくる彼女を可愛らしいと思いつつも、一つ咳払いをして本題に入る。
「東宮綾乃32歳、身長は173cm体重は64kg……女性にしては高い身長ですね。まあ貴女を今目の前にして更にそう思います。体重は極めて標準体重ですね。私は好きですよ、健康体。……それと貴女、高校生の頃未成年にも関わらず水商売をしていましたね?調べたら無理矢理働かされていたそうですが。その時に黒羽雅と出会い、つい最近まで交際して「ちょ、ちょっとあんた何なの!?」
紫翠の口から次々に飛び出す自分のプロフィールや過去を、青ざめた表情でストップをかける。
紫翠はデスクの引き出しから、分厚いファイルを取り出してヒラヒラと動かし、綾乃に見せつけるようにした。
「これに、貴女の情報が全て入ってます。おたくの社長の情報網を遥かに超える程の情報網だと思ってますので……嘘だとお思いなら、このファイル見ますか?」
綾乃の頭の中で警報音が鳴り響く。
ここに一秒でもいてはいけない、と。
なぜこんな所に来てしまったのか、数分前の自分を呪いたかった。
落ち着きを取り戻しつつ、ファイルを差し出すようにしている紫翠を見ぬふりをして踵を返す。
「用がないなら帰るわ。もう会うこともないでしょうね、さようなら」
行き場を無くしたファイルは、紫翠によってデスクの上に戻された。
扉の前まで来た綾乃はドアノブに手を乗せたが、それに被せるように紫翠の声が掛かる。
ドアノブのレバーを下ろそうとした綾乃の手が止まった。
「黒羽雅を、その手に取り戻したくはないですか?」
「………」
綾乃は暫く扉の前で立ったままでいたが、我に返ると何も言わずに部屋を出て行った。
早足になっているのか、ヒールの音が響き遠ざかっていく。
デスクに肘を付いていた紫翠は、体を離し椅子に深く腰掛けた。
紫翠からは彼女の顔は見えなかったが、ある確信を得ていた。
(……掛かってくれたみたいだな。彼女の弱味を握ればいとも容易く絡め取れる)
もう既に彼女の首には首輪が付いている。それに繋がる鎖は白い蠍が握っていることも。