赤い目で誘う
梅雨の時期は嫌いだ。
ジメジメしていて、肌に汗が纏わり付く感じが苦手。フランスはもちろん夏は暑いけど、日本ほどじゃない。
一頻り降った雨は、午後には止むと言っていたアナウンサーの予報通り、その威力を弱め、今はパラパラと落ち着きを見せている。
でも未だに空は暗く、昼にもかかわらず店内は疎らだ。
そう、ここは外国人喫茶【エクレール】
ジャパニーズ以外の異国人を集めた喫茶店。秋葉原の執事喫茶とあまり変わらない。ただ日本語が喋れる外国人が喫茶店で働いてるだけ。
もちろんお客様の要望にはできる限りお答えするのがうちの決まり。
最近うちに入ったジェラルドっていう青年が、暇な店内を忙しなく動き回っていた。仕事探すのに必死すぎだろ、覚えなきゃいけないのは分かるが、ちょっと落ち着け。
俺はジェラルドと同郷ということもあって、他のやつらとは違って割と早く打ち解けた。
まだ日本に慣れていないし、日本語もまだ拙いから、何かと気にかけてやってるんだが、そこがお客様にはウケている。
「ジェラルドくん可愛い〜!」
「um(えーと)……ア、アリガトゴザマス……!!」
キャー!と店内の角に座っている4人組のお客様のテーブルから黄色い声が上がった。
あいつはただ注文を取りに行っただけなのだが、辿々しい日本語を聞いたお客様はもうジェラルドにデレデレだ。
悲鳴にも似て取れる声に肩を跳ね上げたジェラルドは、助けてと言わんばかりに厨房にいた俺を振り返る。
(自 分 で な ん と か し ろ)
口パクで伝えると、ガーンという背景に文字でも浮いてそうな顔をしたジェラルド。
ちょっと可哀想だが、こういうことに対応していかなきゃ仕事なんて無理だ。
自分で考えることも時には必要。
心を鬼にして、可愛い可愛い後輩の行動を見守る。これも愛だよ。
しばらく考えていたと思ったら、顔を赤らめてソワソワしだして(トイレか……?)と思ったときだった。
意を決したのか、赤い色を纏った金色の目を細め、お客様に向かってこう言い放った。
「男に可愛いなんて言うもんじゃないですよ。次可愛いなんて言ったら……その唇、食べてしまいますからね?」
「…………」
………!?
あいつ、日本語めちゃくちゃうめえじゃねえか!
なんだ、猫被ってたのか!?
まあ、それはさておき、いきなり流暢な日本語を喋るもんだから、お客様も吃驚して口あんぐり。
テーブルに置いてあったメニュー表を下げて、ジェラルドは軽く頭を下げると厨房に向かって歩いてきた。
「お前、本当は日本語普通に話せるだろ」
「ち、ちがます!困ったとき、言うパターン5こ考えてて、その1こ言ったです……」
「ああ、なるほど。お前なりの接客なわけね」
にしても日本で育ったと思わせるような喋り方だったけどな。
ジェラルドから注文伝票を受け取って、コーヒー3つと紅茶1つを作りに入る。
ちら、とジェラルドの顔を見ると、自分で言ったくせに先程のことを思い返して赤面していた。
女子かよ。