皮膚に刻んだ愛の形
「貴方ってなんでそうなの」
何人もの女に言われ続けて、聞き飽きた台詞。
俺のことなんか知りもしないくせに、見た目だけで寄ってくる女なんかに何が分かるっていうんだ。
「私のことちゃんと愛してるの?」
一々こうやって聞いてくる女も面倒くさい。心が通じあってたら確認なんかしなくても、愛し合ってるって感じるんじゃないのか?
「私と仕事どっちが大事なのよ!」
打たれた顔の左が痛え。
くそっ、思いっきりビンタしやがって。
ああ、もう女なんて………
ガチャーー
「黄泉、背中痛えんだけど」
「………え、あ、ああ。雅か」
ビンタをくらった左頬に湿布を貼っているとドアが開いて、そこに立っていたのは親友の黒羽雅だった。
「なんか、女が泣きながら階段降りてったけど。またやらかしたか?」
「ほっとけ」
「………ま、女の事なんか俺も分かんねえからよ。気にしなくて良いんじゃね?それより背中見てくれよ、疼くんだ」
「…………ああ」
俺を励まそうとしたのか、そう言ってデスクの前に座る俺の前に椅子を引きずってきた雅は、背中を向けてシャツを脱いだ。
こいつは一週間程前に組の襲名を受けて、自分が入ってる組織の親に忠誠を誓う為に入れ墨を彫った。
俺はもうとっくに彫り師をやめた身だが、雅がどうしても俺に彫ってほしいと頼むもんだから仕方なくしてやったのだ。だけど、これが最後とでも言うように、雅に彫った入れ墨は今まで彫ってきたどの絵より最高傑作だった。
「…………」
雅の出来上がった美しい肉体と反して、背中を覆う入れ墨が退廃的で思わず手が動いた。
下から上へ手のひらで撫でたとこで我に返る。雅が俺の手首を掴み、睨んでいたからだ。
「痛えって言ってんのに何撫でてんだ、消毒しろよ」
「あ………悪い。つか手離せ」
「ハア………いつもなら女に振られようがケロッとしてるお前がらしくねえな」
「別に、そういうわけじゃ」
「いいから、雅さんに話してみろって」
一つため息を吐いて、この話から逃れようと、丸いアルコール綿が入った瓶の蓋を開けるとツンとした匂いが鼻腔を擽る。
その丸い綿を取るためにピンセットを持った手首を、また雅に掴まれた。筋肉のついた太い腕と、数え切れない程の喧嘩をした証である勲章が見える指は、俺の細い手首なんかすぐ折れるんじゃないかと思って喉が震える。
その鷹のような鋭い目は、言うまで逃がさないと言っているようだ。
(人の気も知らないで………)
そう。雅は俺の気持ちを一番知ってる風な顔をするが、お前が一番良く分かっていない。
いつも慣れた関西弁で喋る雅が、俺の前でだけ素の標準語で話すことも、優越感を感じさせるし、悩みがあるなら俺に話してみろって肩を触られるとき、俺の心臓は痛いくらい活発に動くのだ。
彼女を作って目の前にいるこの男を好きなんかじゃないと言い聞かせていただけなのかもしれない………いや、そうだ。
医者の俺が病も治せないなんて、と自分に嘲笑する。
(でも言えない。雅には悪いけど、この関係が今は居心地が良いんだ。壊したくない)
「………そういえば、綾乃ちゃんと付き合うことになったんだってな」
「あ?まあ、な………あいつがしつこいからよ、つい分かったって言っちまった」
「あはは!素直じゃないな。本当は好きなくせに」
話を逸らした俺に眉間の皺を深くさせた雅だったが、綾乃ちゃんという名前に反応して頬が少し赤くなった。
雅は目線を泳がせながら、笑った俺に舌打ちをして「さっさと消毒しろ!」と前を向いてしまった。
それでいい。
お前は普通に女性を愛して、女性と結婚すればいい。
俺は、お前の背中を見ているだけで幸せだからな。
「雅、お前ちゃんと家で消毒液使ってケアしてるのか?」
「んなの、めんどくせえ。ここにくればお前がしてくれるんだろ?」
「っ…………」
本当、お前ってやつは。
「ああ、毎日でも来ればいいさ」