素敵な4角関係
(俺の情報網は伊達じゃなかったらしい)
クレディファイナンスの社長である橘洸は、デスクに肘を付いて自分の能力とも言える、自ら築き上げてきた情報収集システム(ホームレスたち)に感心していた。
彼がつい最近判明した事実で、最も頭を悩ませているものは、東宮綾乃という女を取り巻く恋だ。
橘洸と皇紫翠から東宮綾乃へ、東宮綾乃から黒羽雅へと繋がっている。
2人の男が想う女性は、他の男の尻を追いかけている、というものだった。
(少女漫画じゃあるまいし……どうだこの4角関係)
しかも、橘のライバルとも言える男2人は一般社会にも裏社会にも有名な人物だった。その中に自分が入っていると考えるだけで、身震いしそうなほど心臓が冷えるのだった。
(西の蠍と東の狂犬が相手なんて、俺死んじゃうかも)
ハア、とため息をつくも、シンとした事務所の中では意味もない空気となる。
新たな恋敵として現れた“西の蠍”ーー皇紫翠は、関西にある蛇蝎会の会長だ。
黒羽雅が属する龍仁会の敵対勢力であるが、同盟組をその冷酷かつ残忍な方法で支配する様はまさに鬼畜の所業。
そんな若き統率者を人々はこう言ったのだった。
ーー蠍の尾には触れてはいけない。
「やだな〜、まだどっちかというと黒羽さんの方が良いと思えるよ……あんな恐ろしい蠍さんに綾ちゃんが捕まったらなにされるか……」
そもそも何故、紫翠が綾乃と繋がりがあるのか、橘は皆目見当もつかなった。
ホームレスたちが集めた情報によれば、綾乃が蛇蝎会のビルに入って行くところだけしか市民に目撃されていない。
綾乃もこちらの世界では雅の《昔の女》として有名で、マスコミ連中は狙っているにも関わらず、そんな綾乃が蛇蝎会に幾度も足を運んでいるのを見逃すなんてことがあるだろうか。
「俺が休日の日に食事に誘っても綾ちゃん絶対行かなかったし、多分蠍さんに会うために大阪に行ってるんだろうけど、危ないことさせられたりしてないよね……?」
(もしかして、黒羽さんから蠍さんに心が移ったとか……)と考えた橘だったが、あんなにも雅に執着し盲目的な愛を投じ続ける彼女に限って、それはあり得ないことだと首を振った。
気分を変えようと煙草を手にしたとき、「郵便でーす」の声と共に扉の横に付けておいたチャイムが鳴った。
箱から出した煙草を仕舞い、別段手紙が来ることはそんなに少なくないので、気にすることもなく封筒を受け取り、デスクに戻る。
ガサガサと静かな事務所に響く封筒を破く音が鳴り止み、一枚の紙が出てきた。
差出人の名前を見て、橘の眉間に皺が寄る。
「綾ちゃんから?ーー有給を使って2週間ほど休ませてください?」
橘の胸は騒ついた。
たった一行の短い手紙に、全てを察した彼はグシャ、と手紙を握り潰し睨みつけた。今回も嫌な予感がする、と。
「……なんでいつも、君は俺に何の説明もなしに勝手な行動をするんだ。ちょっとは怒らないと分からないのかな」
考えている暇などない。
コートハンガーに掛けていたジャケットを乱暴に掴み取り事務所を出る姿が、綾乃がかつて橘から写真を奪って逃げた姿と重なる。
橘は事務所の下の駐車場に停めていた自分の車に乗り込み、直様エンジンをかけアクセルを踏んだ。
(綾ちゃん見つけたら、泣いて謝るまで叱ろう)