赤司の場合





一般的な家の扉と比べればいくらか重厚な扉の前で、いくつかの鍵を解除する音が響く。
毎回面倒だが、これも防犯のためだ。
ようやく開いた扉の中に入って、今度は内側から鍵をする。
念のため、チェーンもかけておいた。
軽く息を吐いて、明かりのついていない廊下の奥、愛しい子が居るであろう部屋の前まで足を止めないで進んでいく。


「ただいま、テツヤ」


部屋の扉を開け放ってそう言うと、息を呑む音が聞こえた。
けれども姿が見えない。
この年でかくれんぼかい?
テツヤも随分可愛らしい事をするものだと笑って、まっすぐにベッドの裏に回りこむ。
そこには体を縮めて座り込むテツヤが居た。


「テツヤ?僕が帰ってきたら、どうしろって言った?」


初めから隠れきれるとは思っていなかったのだろう。
僕の言葉にびくりと肩を震わせたテツヤは、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。


「お、かえり、なさい…」
「そう、いい子だ」


すべらかな頬を撫ぜて笑いかけてやると、すこしほっとした様子で立ち上がった。
僕に怒られると思ったのだろうか?
こんなことで怒ったりなんてしないのに。可愛いテツヤ。
机の上に視線をやると、そこには出かける前に用意していった食事が置いてあった。


「あまり食べてないね。食欲がないのかい?」
「…、すみません」
「いけないな。ただでさえテツヤは小食なんだ。これじゃあ体が持たないよ」


腰に腕を回して至近距離からその瞳を覗き込む。
ゆるりと揺れる水色に、僕の赤が映っている。
なんて幸せなことだろう。


「分かってくれ。俺はお前を誰にも見せたくないんだ」
「でも、こんな…」
「ちゃんと食事も寝床も用意した。何が不満だっていうんだい?」
「赤司くん!」
「すぐに慣れるさ」


音がしそうなほど首を横に振るテツヤの体を優しく抱きしめる。
なだめるように優しく背を撫でるが、震えは収まる様子がなかった。


「そういえば今日、相田という子から電話があったよ」
「っ」
「誠凛のカントクだそうだね」
「あ、かしくん…?」


僕の胸に手を置いて少し体を離したテツヤが、不安そうな表情で目を瞠る。
その眼差しには恐怖と、それから希望が浮かんでいた。
それを読み取って、ひっそりと哂う。


「そう心配しなくても、彼らには何もしないさ。電話はただの定時連絡だしね」
「……それ、って」
「ああ…心配する演技というのも中々疲れるよ」


彼らはまだお前を探しているようだよ。
無駄だというのにね?


「おねが、っ…もう帰してください!」
「ダメだよ」
「どうしてですか!?どうしてこんなっ、」
「―――言ったはずだよ、テツヤ」


お前は帰さない、離さない、逃がさない。


「もう二度と手放さないと、言っただろう」
「……っ」


テツヤの首に付けた、真紅の首輪を撫ぜる。
肩を震わせて一歩下がったテツヤの足元で、首輪に繋がった太い鎖がジャラリと無機質な音を立てた。





あいしているよ、僕だけのテツヤ。





***
愛に自由などありはしないよ。
それは影が消えて4日目の出来事。

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