バタバタと廊下を走り抜ける、行儀が悪いだとか考える暇などない。今は走ることだけを考えなければ。
「いい加減諦めなさい!」
「断るっ!」
背後から聞こえた小少将の声に、溜め息が漏れそうだ。そちらこそ諦めてくれないだろうか。
擦れ違う女中たちは、全力疾走をしている自分が珍しいのか、驚いた顔でこちらを見ている。誰か助けてくれ。
いつまでも走り続けることが出来るほど、自分に体力はない。それは向こうも同じだが、彼女には武器である羽衣を装備している。伸ばされて捕獲される可能性が大だ。それはごめんだ。
一気に加速し、小少将と距離を開ける。待ちなさいという声が聞こえたけれど、無視。先に角を曲がって、すぐの部屋に飛び込んだ。
幸い、中には誰も居ない。ここで暫く隠れていようか。
……ことの始まりは、小少将だった。
城に自分を置くならば、幾つか条件がある。そう言われ、条件を問うた。今、自分が鬼事のように追われているのは、その条件のせいだ。
『貴方を着飾らせて、女なのにそんな恰好してるなんて勿体ないわ!』
拒否して、逃げ出して、今に当たる。自分を着飾ってもつまらないと思う。本当に。
幾ら女でも、今まで男として生活してきた。慣れないことはするものじゃない、別に、俺はこのままでいいのに。
部屋の中で膝を抱え、昔のことを思い出す。昔は、彼らしくなろうと抗い、女らしさを捨てようとしていた。けれど、今はどうなんだろう。
「……そりゃ」
綺麗なものや可愛らしいものには反応するし、簪とかは付けたい。でも、自分は……。
「千景、見つけたのじゃ!」
勢いよく開かれた襖と聞こえた声に、慌てて顔を上げた。そこにはニッコリ笑顔のガラシャが立っていた。小少将じゃなかったことに安堵しつつ、どうしてガラシャがいるのかわからない。
首を傾げていると、もう一つの足音が聞こえ、身体が固まる。
「師匠!こっちなのじゃ!!」
「ありがとう、わらわちゃん」
もう逃げれないな。
部屋の前まで来た小少将は、とても楽しそうに笑顔を浮かべていた。あ、これヤバくないか?頭の片隅で思い、立ち上がろうとした自分の腕にシュルリと巻き付く羽衣、恐る恐る見上げれば、
「さあ、湯浴みに行くわよ!蜂蜜を貰ってきたから髪に塗り込みましょ」
「……どうしても、か?」
「どうしても、よ」
「わらわも一緒に行くぞ!千景の髪を触りたいのじゃ」
「えー……」
「えー、じゃないわ。今まで女らしく出来なかった分、これから嫌でもさせてあげる」
ずるずる引っ張られる自分の右にガラシャ、正面に小少将、逃げようと思っても逃げられない状況に溜め息を吐いて。
楽しそうな二人を見て、たまにならいいかと思う。
(綺麗なお嬢さん、見かけない顔だけど此処に来て日が浅いのかい?)
(くたばれ孫市)
(って、元親かよ!)
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