「…何してるの」

ため息混じりに呟かれた言葉は突如私の頭上に落とされた。少しばかり上にやっていた視線をずらせば、そこには怪訝な表情を浮かべたNの顔がある。
がさり、草むらが音をたてたと思えば緑の頭が飛び出て来たわけであるから、私からすればあんたこそ何やってるんだ、という気持ちになるのだが。ん?おお、いい感じにその頭が草むらに擬態出来てるぞ。ポケモンもびっくりなスキルだなあなんてぼんやり思っていると、痺れを切らしたのか彼は草むらから抜け出して私の頭上にしゃがみ込んだ。スカートだったらぱんつ見えるのになあなんて現実には有り得ないことを考えてみる私。

「いき…起きてる?」
「ねてる」

今生きてるって言いかけただろ。私の顔を覗き込む彼をじっと見つめたまま私は返事をした。そうすると彼はきゅっと眉をよせる。

「寝てるひとは返事をしないんだよ」

目で僕を追ったりもしない。真顔でそう言った彼に私は一言ばかと呟く。知ってるよ私流石に本気じゃないよ。私の口がへの字口になったのを見て、彼は眉を下げて笑った。むっとして、おたまろに似てるね、と言えば彼は難しい顔になる。それが可笑しくてぷっと吹き出せば、つられて彼も控えめに笑い出した。

「いいの?こんなとこで油売ってても」
「えぬさんこそ」
「僕はいいんだよ」
「それじゃあ私もいいんだよ」

真似しないでよ。子供みたいにそう言った彼は本当にまだ子供なのかもしれない、と今までのやり取りから頭の隅でそう思う。かわいそうなこ。

「Nもどう?ほら隣に」
「…いやだよ。草まみれになるじゃない」
「あーあ、勿体ない。すっごく気持ち良いのに」
「本当に?」
「うん草なんか気にならないくらいには」
「じゃあちょっとだけ」

青空を仰いだままの私の隣に、ゆっくりとNが私と同じように寝転ぶ。その間私は黙って、流れていくヒトモシの形に似た雲を目で追っていた。ひゅうと吹いた冷たい風に身をよじり、気休め程度にしかならないけれど両の手をポケットに突っ込む。

「ねえ…なんか首がもぞもぞする」
「がまんしな」
「うん。でもすごく、懐かしい気がする」
「そ?よかったね。たまにはこうやって休まなきゃ、あんたでも息が詰まるでしょ。疲れるよ?」
「僕たち敵同士なんじゃ…」
「今更?そんなこと私は正直どうでもいいし、先にNが話し掛けてきたんじゃないの」
「そうだけど…」

それっきりNも私も喋らなくなる。暫くしてバイバニラのような形の雲から視線を隣に移すと、そこには瞼を下ろしたNの姿がある。ついさっきまで敵同士うんぬん言っていた癖に無防備だななんて私が言えたことじゃないけど、そのまま寝息をたてはじめた彼に何だかわけもなく泣きたくなってしまった。

「…今日だけならいいか」

きゅうと痛む胸には知らんぷりを決め込んで、日よけ代わりに帽子を顔に被せると私も目を閉じた。太陽の位置はまだ高いから大丈夫だろう。このまま、寝てしまおう。


「おやすみ、えぬ」


普通の友達なら、よかったのになあ





過ぎ去るもの、動かないもの








shio
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