障子を開けて中庭を眺めようとして霧の濃さに気付いた。
灯籠の辺りまでは辛うじて輪郭が判るもののその先の植え込みは全くと言って良い程に霧に覆い隠されて形どころか色の判別も難しい。

「霧、ね……」

此処、風紀財団のアジトは地下に存在するが、地上の天候や気温、湿度までもをほぼ完全に近い状態で再現されるよう設備が整えてあった。それは外出時の身体への負担を減らす為でもあったが、理由の大部分はこのアジトに留まっているうちはこの国の、いや並盛の気候に浸っていたいというわがままだった。

結果長く地下に滞在する時間が長期に渡る場合でも、その環境の差に体調を崩すということなく匣の調査にも財団の仕事にも打ち込めているのだが、今日ばかりはこの天候に溜息が出た。


踏石に置かれたままの履き物に足を掛けて擬似的な屋外に身を置けば、予想していた湿度はなく、ただ霧がもたらす閉塞感に息が詰まるようだった。
濃く漂う乳白色にやんわりと視覚を奪われて、更にはその静けさに聴覚もが塞がれているような錯覚を覚える。
確かに目の前にあるのに触れることのできない霧は前へ進めばそれだけ後退し、後ろへ下がればやはり同じだけ近づいて、距離は縮まりも広がりもしない。

「よく言ったものだね」

霧の守護者なんて。
勝手に現れて、勝手にいなくなるんだから。
向こうからは好きな時に近づいてくる癖に此方が近づこうとしてもまるで距離が縮まらない。

骸、

クロームが生きていることを知る前からその安否を疑ってはいなかったけど、心に翳りが射さない訳ではなかった。

生きているの、死んだの、君は今、何処にいるの

恋しさに名前を呼ぶなんてしてやらないけど。



自然と俯いていた顔を上げればいつの間にか霧は晴れていたらしく、中庭はこの季節らしい普段と変わらない様相で植え込みの紅葉をそよめかせている。
地上では秋風が吹いているらしい。

「霧なんて」

雨なら地面を濡らし嵐なら木の枝を折り、僅かでもその名残を残すのに


目に映る景色も肌が伝える温度も、なにもかもが普段通りの装いで、先刻までの景色がまるで幻だったかのよう。

そんな思考を馬鹿馬鹿しいと切り上げて空調の効いた室内へと戻る。

寂しいなんて思ってないよ
心配なんてしてないよ
早く君を咬み殺したいだけ



ミルフィオーレの出現によって少し忙しくなった日常は、紅と蒼の色を潜めて緩かに加速を始めていた。




朝霧の視界
(白く白く手を伸ばす)