それは日常の、ごくありふれた場面での出来事だった。
沢田綱吉の執務室での匣についての情報交換、続く任務の説明。その場に居合わせた赤ん坊が思い出したように拳銃を取り出して自らの生徒に向かって発砲。
ボンゴレのアジトへ行けばかなりの高確率で目にする光景だが、ひとつ問題を挙げるとすればその光景に慣れてしまっていたことかも知れなかった。

小気味良い破裂音を耳にして今度開発された特殊弾はなんだろう、なんて考えていたら、突然の発砲に徐々に対処できるようになってきていたらしい沢田綱吉が身を屈めて銃弾を避けていた。弾道上にいた僕は避けもせずにそのまま被弾。
撃ち出された弾の効果は大抵他愛のないものばかりだったし、何より今回のその効果が気になったのもある。

ただ、数時間後、今回ばかりは自分の軽率さを後悔することとなった。





その後、ややあってから漸く状況を把握したらしい彼が血相を変えて謝ってきたのを鬱陶しいと一蹴し、任務の用意の為に風紀財団の私室に戻ってきて現在に至る。


「まさか、女の身体になる特殊弾だったとはね…」

ひとりごちて、その声がいつもより微かにだが高くなっていることに驚く。被弾直後に何の変化も感じなかった分、衝撃は大きい。
とはいえ特殊弾の効果は通常なら長くても1時間も続かない。右手を握ったり開いたりして感覚を確かめた後、移動中に効果が切れるだろうと踏んでそのまま任務に出ることにした。




任務の内容は至って単純。敵対勢力の掃討。争いを好まない十代目ボスは最後まで渋々といった様子だったけど、僕からしてみれば再三の注意も勧告も無視して分を弁えないボンゴレの打倒などに執心している方が悪い。先方が熱心に研究しているらしい死ぬ気の炎についての資料がきっとそのアジトにあるだろうからそれらは回収。
大したことは書かれていないだろうけれど、全くの外部の人間が作ったデータには興味があった。新しい視点を得られるかも知れないし、何より資料は多い方が良い。

そんなことを考えているうちに目的地の近くまで来ていたらしい。
それほど大きくはない建物を遠目に確認して、任務を完了すべく歩を進めた。





─────


「…もっと咬み殺し甲斐のある奴等を想像してたんだけどな」

足許に散らばる屍の山を眺めながら思わず零れた独り言。その声色が未だに元に戻っていなかったことに愕然とした。
任務に支障は全くない。それはこのアジトを見れば一目瞭然だ。外見だってスーツを着てしまえば元の身体と見分けが付かない程に変化は少ない。声だって実際のところ元のそれとは大差なく、電話を通して会話する程度ならバレはしないだろう。

けれど、


静寂を破って携帯の着信音、並中の校歌が鳴り出した。
相手なんてディスプレイを見なくてもわかる。今正に頭を悩ませている張本人、六道骸、だ。

「もしもし?恭弥、お仕事終わりました?近くで任務だったと聞いて。…良かったらお迎えに上がりましょうか」

思ったより早く骸と接触する機会が訪れようとしているらしい。いつもなら嬉しい筈の逢瀬の兆しだけれど、今は。今会えばきっと彼に僕のこの状態を看破される。
それだけは避けたかった。

「…いい、要らない。」

そう言わざるを得なかった。

「おや、それは残念です。僕これから任務が入っているのでその前に少しでも君の顔を見ようと思ったんですけど」

迎えに来るならついでに手合わせもしたかったななんて思うけれど、今顔を会わせれば変に敏い彼のことだ、きっと女の身体になっていることに気付かれる。
歯痒い状況に思わず舌打ちをした。

「今来たら咬み殺すよ」

「怖いですねぇ…、では会いに行くのはまた今度にしておきましょうか。Arrivederci.」

彼がしつこく言及してこなかったことに安堵して力が抜けた。
僅かの間呆けたように携帯を手にしたまま佇んでいたが、通話後の規則的な電子音が形容し難い感情を増幅させている気がして漸く終話ボタンを押した。

いつまで此処に居ても仕方がないと行き場ない思いを吐き出す息に乗せて、この場を後にすることにした。




あれから数日、未だに元に戻らない自分の身体にそろそろ焦りが滲んできている。
被弾した日は電話で簡単な報告を済ませてから、寝て起きれば流石に元に戻っているだろうと早々に床に就いた。けれど目を覚ましてみれば身体は女のままで、こんなに効果の持続する特殊弾の開発に感心したのが半分、もっと他の実用的なものにこの機能を搭載すべきなんじゃないかと呆れたのが半分。
その日は哲に報告書を持っていかせることにして、以降この身体が見抜かれるのを嫌って財団の外に出ることもないままに時間が過ぎた。

幸い任務で持ち帰った資料も匣に関する文献も手元にあったから暇を持て余すこともなかったけれど、こうも外に出ない日を続けるのは正直息が詰まる。
元の身体に戻る方法を探すも武器として扱える可能性のあるものばかりに研究が偏っていたらしく、それも思うように捗らない。要は、不本意ながら時間が解決するのを待つしかないのだと今日もまた早めの就寝を決めて、目を通していた資料を置き寝間着を取りに立ち上がった 、時  、

「こんばんは、恭弥。お久しぶりですね」


声に振り返れば、何の前触れもなく慣れた手つきで襖を開けて室内に入ってくる骸と目が合った。

「?…どうかしましまか?」

どうしようか。
停止する思考を他所に身体が先に動いていた。

スーツに仕込んであるトンファーを握って部屋の裾に留まる彼に向かって飛び掛かる。そのまま廊下に追い出せれば、
カキィ、と鋭い金属音が響いて攻撃が弾かれた。
二度三度と手を緩めずに攻撃を加えるけれど骸を後退させるには至らない。
何故。
…もしかして、力が落ちている?

そこまで考えが回った瞬間、左手のトンファーが三叉槍で弾き落とされた。続いて背後に回った骸に今度は僕が襖と彼との間で身動きが取れなくなる。
咄嗟に振り返って鳩尾を渾身の力で蹴りつけるものの彼は息を詰める程度で思うようにダメージは与えられていないようだ。このままじゃ。どうすれば。

「っ本当に、どうしたんです…?」


両の手を頭上に纏め上げて襖に縫いとめられて、完全に逃げ場がなくなった。
困ったような笑顔で覗き込むように問われ、いたたまれなくなって目を閉じ顔を背ける。

「…知ら、ない……っ」

どうしたんです、なんて、こっちが聞きたい。
腰からウエストのラインを確かめるように撫で上げられて呼吸が止まった。
だめだ、もう隠し通せない。骸の手のひらが這う感触をいつもより敏感に伝える身体に口の端を噛んで、拒む術もなく彼の与える口付けに答えた。