むずがる子供に似た調子の声が背後から掛けられる。
同時に肩越しに豊かな紅の髪の一房が流れ落ちた。
「レン様……起こしてしまいました?」
かき抱くように回される腕に指を触れさせながら、愛情を込めて名を呼ぶ。その響きは艶めいて甘く、普段の冷徹な女ファイターとしての彼女しか知らない者が見たらさぞ驚くに違いない。
「ええ、アーちゃんがいきなり居なくなるから……」
アサカの位置からでは肩に顔を埋めたレンの表情は分からないが、恐らく唇を尖らせているのだろう。
「レン様はまだお休みになられていて平気ですよ」
「アーちゃんがいないと寝れません」
全く子供じみている。だが、レンのそんな言動はアサカの母性にも似た愛情を更に掻き立てる事はレン自身も実は気が付いているのだろう。
「レン様……」
「アーちゃん、ねぇもう少し休みましょう?」
沈着たる部下の声が、可愛いらしい恋人のそれへと変わっていくのに気を良くし、レンの手がアサカのガウンへと忍ばされる。
アサカを女へと開花させた白い手。
彼女を知り尽くしたそれが優しく肌を這う動きには抗いようのない魔力があった。
それでも最後の理性でアサカはレンの手を制止する。
「レン様……っ……いけません……」
「どうして?」
鼓膜を通して注がれる媚薬が、身体の芯へとゆっくり染み渡る感覚。だが流されてはならない。
「どうしてって……テツに……」
ちらりと目をやったデジタルクロックは刻一刻と時を刻んでいて。彼の求めに応えていては予定の時間には到底間に合わない。
だが、悪戯に敏感な場所へと触れる指に思考を乱されていたとは言え、テツの名を出したのは間違いだった。
ふうん……とレンが鼻を鳴らす。
「いつから君の主はテッちゃんになりました……アーちゃん?間違えては駄目ですよ?」レンの声音に、狩りに成功した獣の色が混ざったのはアサカの気のせいではないだろう。
「っ……」
細身の身体からは考えられない力でアサカを抱き上げたレンが揚々とベッドへと向かった。優しい衝撃が身体を包み、それが羽布団と認識する前には既に美しいルビー色の瞳がアサカを覗き込んでいる。
「そんな悪い子にはお仕置きしないといけません……ね、アーちゃん……アサカ……」
ああ、もう逃げられはしない。
いや、そもそもそんなつもりはあっただろうか。
脳裏にテツの渋面を浮かべて吐いた嘆息が甘い色香を纏うには時間は要らなかった。
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