爛れた想いで君を見ている


※イグニス視点



日はとうに暮れ、夜の帳が空を覆い尽くしているというのにここレスタルムは未だ眠ることを知らない。展望公園から一望できる、そびえたつ塔にも似た巨岩――そこには巨神が鎮座し続けていると伝承され、昼夜を問わず帯状の青白い光を放っている。

「魂みたい」

屋台で売っていた串焼きを齧りながらネームはぽつりと呟いた。濃厚なソースが柔い唇を濡らし、小さな舌で舐めとる仕草は少女と娼婦、紙一重の存在に見える。

「あんな風に美しく儚く散りたいもんだわ」

ネームからすれば別段特別な意味を持たぬ言葉であったのだ、推測するに感傷に浸ってみたくなっただけ。
闇に飲まれず輝き続ける光は儚くもあり、太陽よりも眩いのだ。相反する印象を与える魂の光は、魅力的に映ることだろう。

「…死は美化されるべきものじゃない」
「あは、イグニスはお堅いなあ。大丈夫、分かってるよ」

彼女の反応から、可愛げの無い返答をしてしまったことに少々罪悪感を持つ。ネームは眼に強い意志を宿しながら微笑んだ。再び景色へと視線を向ける彼女は、生まれ故郷の王都を思っているのだろう。
王都インソムニア。混乱と阿鼻叫喚、業火に包まれたであろうその場所。詳細は未だ伝わってきていないが巻き込まれた民間人も多数いる。不運と言うにはあまりに残酷だ。
襲撃から幾夜過ぎようと、彼らは眠れずにいる。

「気温、下がらないね」

暑い暑いと言いながらもネームは串焼きを頬張っていた。
湿気を帯びた温い風が彼女のうなじを撫でる。汗ばんだ首筋が艶っぽく濡れていた。ネームが串に残った最後のひとかけらを飲み込むのを見届けてから、彼女の小さな唇に噛みつく。ネームは驚愕しつつも強引な口づけに答えてくれた。たどたどしく絡める舌先に歯を立てて、子どもの様に唇の端に残ったソースまで舐めとって、ようやく解放してやる。
上気した頬と蕩けた表情を堪能した後、俺は彼女の首に唇を寄せた。

「ひゃっ!?な、なに?」
「いいから、」

花とも果実とも異なり、時に不快すら齎す人間の香り。一方で愛する人のそれは、どうしてこうも胸を切なくさせるのだろうか。べろりと舌を這わせれば塩辛く、喉をくすぐっていく。

「イグニス、私汗かいてるから…」
「知ってる」
「…きたないよ」

汚れてしまうのは仕方ないことだ。
だって俺達は生きているのだから。
その身を美味な肉汁で。性を求めあう唾液で。憎悪を滾らせる血で。幸せを思う涙で汚してしまうことだろう。
それでもなお――空へ昇華されていく青の光より、きみは美しいのだ。


爛れた想いで君を見ている


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ねこ様より「イグニスor全員で切甘」というリクエストをいただきました!ありがとうございます。
今回は私の独断と偏見でイグニス単体とさせていただきました。そして切ないとシリアスが混ざったような雰囲気+甘めという感じに…。
お気に召していただければ幸いです。
それではリクエストありがとうございました!
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