研究所ならともかく神羅ビルに動物の持ち込みは禁止されていたはずだ。そして釈然としないまま辿り着いた場所はトレーニングルームであり、ルカは思わず首を傾げてしまった。

「ねえ、いったい何――」
「遅いぞ!アンジール!」

ルカの問いかけを遮ったのは扉が開かれる音と、トレーニングルーム内に待機していた若い青年の声だった。アンジールは青年に向けて軽く手を上げ、ルームへ足を進める。

「悪いな、今日は客を連れてきたんだ」
「客ぅ?」

ルカはキャンキャン喚く者の顔を一目見ようとアンジールの横からひょこっと顔を出した。
不貞腐れたような表情を浮かべた青年は2NDの制服を身に着けている。ルカと目が合うや否や、驚愕と共に頬を紅潮させた。

「あーっ!ハンカチのお姉さん!」
「!、あの時の…」

ルカが神羅ビルでソルジャー採用の試験を受ける少し前、雨宿りをしているときに出会った彼。
『ハンカチを必ず返すから連絡先を教えてくれ』と言いかけて盛大なくしゃみを放った青年だった。
彼の格好と目の色でソルジャーであることは分かっていたし、ルカは試験に落ちることはないと確信をしていたので再会出来るとは思っていたが…まさかこのような形で出会うとは考えもつかなかった。

「何だ、お前達知り合いだったのか」
「前に一度会ったのよ。ね?」
「ああ!けどアンジール、どうしてお姉さんがここにいるんだ?」
「――…女性ソルジャーの話、聞いているだろう」

青年はソルジャー独特の水色の瞳をぱちぱちと瞬きさせ、隣に佇むルカを凝視した。あんぐりと口を開ける彼の表情は間抜けそのものであったが、突如ルカの正面に向き直る。

「お姉さんがルカ・アストルム!?マジかー!俺達の間でもさ、めちゃくちゃ強い女性ソルジャーが来るって言うからどんなマッチョ…いや、どんな人なのか噂になってたんだけどこんな美人が来るなんてさー!…あっ俺、ザックス・フェア。よろしくな!」
「よ、よろしく…」

勢いに押されたルカは少々戸惑いつつも、半ば興奮状態のザックスと握手を交わす。落ち着きのない動き、無邪気に笑うその表情はたしかに「子犬」だろう。

「せっかくの機会だ。ザックス、ルカと手合わせしてみろ」
「はっ!?」
「アンジール、ちょっと…」
「ルカもトレーニングルームの映像ばかりじゃ飽きるだろう。今後の為にも現役ソルジャーと剣を交えるべきだ。…それとザックスが最近調子に乗ってるからその鼻をへし折ってやれ」
「なっ!調子のってないって!」

彼らの返答を待たず、アンジールは携帯を取り出してパスワードを打ち込みはじめる。
だがアンジールの助言は尤もだ。いくらトレーニングルームの機能が優れていようとも対戦相手は所詮紛い物だ。激しい衝撃を食らったところで死にはしないし、戦闘独特の緊迫感は少々欠けるだろう。
携帯からの電波を受信し終えたのか、無機質な部屋が見晴らしの良い高原へと変化していく。
意気込んで剣を構えるザックスに視線を向ける。彼は「女性だから」という理由で手合わせに遠慮するタイプではないらしい。

「お互い手加減は必要なし、ね」

ルカは何処かで肩の荷が下りるのを感じ、同じく剣を構える。先に一歩を踏み出したのはザックスの方だった。
彼の剣を何度かうけながら、ルカは本能的に彼の癖や力量を見抜いていた。なかなか良い太刀筋をしているが、足下に少々隙がある。戦闘の玄人に、それこそ1STに足を引っ掛けられたらあっという間に首をかっ切られるだろう。
ルカは防戦をやめて突然彼の剣を弾いた。
魔晄の瞳が鋭く射抜けば、ザックスは無意識に怯んで後ずさりする。ルカはその瞬間を見逃さず、地面を蹴って瞬時に刃の雨を降らせた。
彼女が持つ剣はザックスと同じ型の支給品だ。だが振るう者の能力によってその威力は何倍にも変化する。降り注がれる圧力に堪え切れなかったザックスの剣は、手から離れて宙を舞い、彼もまた反動で吹っ飛ばされた。

「ザックス、大丈夫?」
「おう!まだまだッ!」

そう言って笑う彼につられ、ルカは笑みを零した。立ち上がったザックスは己の剣を掴み、再び駆けだしてくる。アンジールが彼に世話を焼くのも何だか分かる気がする。ザックスは危なっかしくて放っておけない。そして何より。


「俺も英雄になるんだ!」


希望に満ちたその姿に、皆目を奪われるのだ。


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