「あたしがミッドガルに来たのは、母を探すためよ」 「!、それは…」
まだアンジールとジェネシスがバノーラ村に居た頃、ルカの母親・ソラリスは突然失踪した。 滅多に無いが、最初は村の外にいるモンスターに襲われたのかとも考えられた。だがそれらしい形跡は見当たらず、心当たりのある場所を探しても見つからず…結局何日経っても母は帰ってこなかった。
「…もう何年も前の話だろうって思うでしょう?悪いけどあたしにとっては終わっていない話なの」
黙りこくったジェネシスは彼女を静かに見つめ返した。ルカの瞳に静かな焔が浮かび上がる。
「あたしは、母が絶対に生きているって信じているわ」
ミットガルには世界各地の情報が集まってくる。定職に就くことも考えたが自由に活動出来る方が良い。その為自営業――「なんでも屋」として情報収集し、ソラリスを探すことを決意したのだ。 ようやく事は巧く動き始めている。 アンジールとジェネシスに再会し、セフィロスと出会い…正直身内のコネだが、「なんでも屋」として依頼をこなし、細いながらも神羅カンパニーとのパイプを繋ぐことが出来た。 そしてホランダー博士から得た母らしき人物の情報。 何よりもラザード統括からの依頼、女性ソルジャーの件は降ってわいた幸運だった。
「あ、そうだ。ラザード統括にはあたしの目的について話してあるわ。『それでも構わないから働いてほしい』と言われたの」 「……そうだろうな。『契約期間内に出来る限りの情報を収集しておけ』とでもアドバイスしたんだろう?」 「仰る通り」 「…、…なるほど。読めてきた」
ジェネシスは目を伏せ、紅茶を啜った。 勿論セフィロスにも今回の目的について話してある。恋人として付き合い始めた頃、自分がミットガルに出てきた事情は説明してあったのだが、まさかこのような形で調査に乗り出すとは思いもしなかっただろう。 説明を終え、二人の間には何処か気まずい沈黙が漂う。ルカは困惑しながらもじっとジェネシスを見つめていた。
「…ジェネシス」 「なんだ」 「怒らないの」
先日四人で顔を合わせた際に、彼は酷く怒っていた。 今日の話によって、上層部がジェネシスの負傷を懸念したために、ルカがソルジャーに任命されたわけではないことは明白となっている。 しかしプライドの高い彼からすれば、何の努力も無くソルジャーの地位を手に入れたルカを気に食わないと感じるだろう。
「ソルジャーとしての誇りなんて、今のお前には感じられない」
返す言葉も無かった。 今のルカの行動は、大衆の為ではない。 母親を探すという利己的な思考に基づいた行動だ。
「だが、俺もそんなことを言える立場じゃないんでな」 「?、どういう…」 「誇りだどうだのこうだの、指摘出来るのはクソ真面目なアンジールくらいだろう」 「ああ…。でもアンジールは追及してこなかったわ。事情があるのも察しているみたいだし」 「…あいつにも話してやれよ。協力してくれるだろうさ」 「うん、そうするわ」
素直に頷くルカを見つめ、ジェネシスはカップを静かに置くと、立ち上がって先程脱いだコートを手に取った。
「俺は明日からウータイに向かう」 「えっ」 「ウータイの戦争が終わったらセフィロスとアンジールに休暇を取るように伝えておけ。バノーラに里帰りするからな」 「な、ちょ、待ってよ」
ルカの制止も聞かず、さっさと彼は支度を整えて事務所を後にしようとする。しかしルカは急いで赤のコートを掴み、無理矢理こちらを向かせた。
「何があったの?」
先に口を開いたのはルカの方だった。じわりじわりと彼の身体から漏れ出す情緒不安定な波。ルカはジェネシスが抱える憂いを、肌で感じ取っていた。 一向に目を合わせぬジェネシスであったが、やがてその切れ長の瞳をあげてルカを見据える。 話してくれる気になったのだろうか。 ほっと気を緩めたルカを包み込んだのは、ジェネシスの体温だった。
「――…!」
酷く頼りなく、微かに震えた指が彼女の肩を抱く。何かを言葉を紡ごうとして、けれど何も形に出来ずに小さく息が吐かれた。
「ジェネ…シス…」
脆く壊れてしまいそうな彼の名を呼べば、こちらの方が泣き出してしまいそうだ。思わず抱き締め返そうと腕を動かすと、ジェネシスは不意にルカの体を引き剥がす。 茫然と立ち尽くす彼女を置いて、ジェネシスはコートを翻して去っていってしまった。
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