降り積もる白が視界を遮る。 緋色の斬撃が胸を抉る。
『わたしがいなくなったら誰がお前の劣化を止める』 『――ジェノバ細胞』
ひび割れていく記憶の中で、微かに残る違和感。 ジェノバ。 それは誰のこと?何のこと?
<ああ ようやくかえってきた>
「っ、」
浮上した意識の中に飛び込んできたのは、叩きつける豪雨。ぬかるんだ山道を忙しなく駆けるトラックの中、ルカは物憂げな瞳を瞬かせる。覚醒しきっていない頭のまま、隣に座る男を見上げた。 振動に合わせ、男の銀糸が揺れている。美麗なその色彩が、酷く冷たく不安げに見えるのは何故だろう。 男――セフィロスは、恋人の無防備な視線を受け止めて微かに口角を上げた。「余程眠いんだな」と言いたげなそれに、ルカは少し頬を染める。 身動ぎせず蹲っていたのはルカ以外にもいるようだ。 同行している一般兵、ニブルヘイム出身でもあるという、クラウド・ストライフだった。 ザックスが何度か声を掛けているが、クラウドのは顔色は血の気が引いている。以前、モデオヘイムでの任務の際にも乗り物酔いしていたことを思い出す。三半規管が弱いらしい。 酔いやすい幼児は防衛本能からか車に乗り込むと寝てしまう、なんて話も聞いたことがあるが――人体のつくりは年を経るごとに複雑になっていく。 まして、若き少年・青年達の憧憬の的となっている「英雄」も狭い車内の中にいるのだ。緊張が増して当然だろう。 同情するように首を振ったザックスは、ルカに視線に気が付いて顔をこちらに向ける。
「お、ルカおはよう」 「ごめんね、寝てたみ――わ!」
不意に車体に衝撃が走る。運転手の悲鳴、そして岩や木々への衝突とも異なる揺れに、ソルジャー3名の眼差しは瞬時に鋭くなる。 こちらの警戒に呼応するよう、車外からは地鳴りの如き雄叫びが響き渡った。 雨の中に鎮座していたのは、お伽話から飛び出てきたようなドラゴンだった。 ぬらりと光る鱗の肌、獲物の血で薄汚れた鉤爪、爬虫類を彷彿させる無機質な瞳。それでいて獰猛さを隠さぬ傲慢さ。
「こんなモンスターが村の傍にいたらひとたまりもないわ」
世界各地で起きているモンスターの異常発生。 もちろんそれらにはG系ソルジャーも含まれているのだろうが、突然変異によるモンスターの増殖も考慮した方が良さそうだ。 ソルジャークラス1ST達は各々武器を構え、怒号の音と共にドラゴンへと駆けだしていく。 一般兵の少年達は戦況に恐れ慄きながらも、ソルジャー達に守られている安堵故、車内から彼らの姿を目に焼き付けていた。
(格が違う)
少年・クラウドは未だ血色の悪い面ながらも、瑠璃色の瞳は雨の中で舞う戦士達に釘付けだった。 怜悧な剣筋が、放たれる閃光が、戦いの中でありながらあまりにも眩く煌めいて見える。 いっそ無遠慮なほど、濁りの無い視線。 ルカは己に注がれるそれに、気が付かないふりをした。 無垢な熱量に焦がされてしまいそうだったから。 ――錆びつきはじめた心を、見透かされそうだったから。
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山間の天気は変化しやすい。先程の豪雨は一時的なもので、目的地に到着する頃には日が差し込み、土も多少湿り気を帯びている程度だった。 目的地であるニブルヘイムに到着したのは、夕刻手前という中途半端な時間帯だった。空もまだ橙に染まっていない。
「久しぶりの故郷なんだろ?」
英雄から直接語り掛けられたクラウドは、驚愕の余り肩を跳ねらせた。 緊張と戸惑いが入り混じり、声を出せずにいる少年の様子に、セフィロスは言葉を続ける。
「どんな気分がするものなんだ?俺には故郷がないからわからないんだ」 「ええと、両親は?」 「――母の名はジェノバ。俺を生んですぐに死んだ。父は――」
途中まで言いかけて、セフィロスは自嘲染みた嗤いを漏らす。己を滑稽だと言いたげな様子に、ザックスは怪訝そうに眉を顰めた。 セフィロスは踵を返し、村の中へと歩を進める。クラウドともう一人の一般兵も後に続くが、ザックスは腕を組んで考えあぐねている。彼も何かしら引っかかるところがあるらしい。
(…"ようやくかえってきた"…)
胸に渦巻く暗澹。 ルカは無言のまま俯いていたが、ふと後方から足音が聞こえた。
「調査に来たソルジャーってあなたたち?」
ルカとザックスに声を掛けてきたのは黒髪の少女だった。 クラウドと同年代といったところだろうか。カウボーイハットを被った彼女は、神羅からの通達を聞き及んでいるらしい。この村を管轄している人物の家族なのかもしれない。
「ああ。俺、ソルジャーのザックス。こっちはルカ。1STな、1ST」 「ふーん…」
少女の声色は不振がっているわけでも、気落ちしているわけでもなさそうだ。しかしながら、浮かない表情を湛えていた。 絶賛されるとまでは思っていないが、想像していた反応が得られずザックスは少々落胆している。彼の心情を知ってか知らずか、少女は再び口を開いた。
「ソルジャー・クラス1STってたくさんいるの?」 「少数精鋭だな」 「今回は3人だけ?」 「うん、俺とセフィロスとルカ」
少女はまだ何か言いたげに息を吸ったが、不安げな眼差しを地に落とし、頭を振って足早に去ってしまった。 ザックスとルカは不思議そうに顔を見合わせ、セフィロスの行き先――村に唯一ある宿屋へと向かった。
「今日はここに宿泊するのね」 「ああ。魔晄炉への出発は明朝。今日は早めに眠っておけ」
見張りはひとりでいいからお前達も休んでおけよ、とセフィロスはルカ達の傍らに控えていた一般兵にも声を掛ける。 一瞬黙考した英雄は、この村出身の青年に向けて微かに口角を上げる。
「そうだったな……家族や知り合いと会ってきても構わないぞ」
あえて英雄自らが発信することで、若者への負担を減らしたいのだろう。彼なりの配慮だった。 セフィロスは翌日の手筈を整える為、村の責任者と打ち合わせがあるらしく、先に宿へと入る。 残されたルカ達もまた、各々準備や下調べの時間が充てられている。多少の自由行動も許されていた。
「遠慮しないで行ってきたら?」
ルカの後押しにクラウドは躊躇いがちに頷く。 比較的慣れているルカの前ですら、彼は一言も言葉を発しようとしない。血色は元に戻っているため、車酔いの余韻が残っているわけでもなさそうだ。
「どうしたのクラ――」 「ルカ、村のみんなの前で俺の名前を呼ばないでほしい」
切羽詰まった声音がルカの言葉を遮る。クラウドの目元は覆われているが、その眼差しに焦燥と嘆願が入り混じっていることは容易に理解できた。 頑なにフェイスマスクを外さないのも何か理由がありそうだ。 傍らにいるザックスにも「お願いだ、頼む」と念を押されて、ソルジャー2名は納得いかないながらも頷く他なかった。
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