「「あ、」」

男女2名が声を揃え、エレベーター内で視線がぶつかる。男の顔はソルジャー特有のシールドで覆われていたが、若い口元は親し気な笑みを湛えている。ルカもまた青年に向けて微笑みかけた。
青年は一般兵が利用する中層階のトレーニングルームへ、ルカはエントランスホールの1階のボタンを押した。

「お互い遠方の任務になっちゃったね」
「そうですね。ミス・アストルムはザックスと一緒でしたか」
「うん。カンセルくんも気を付けてね、若い子達の引率でしょ」
「いやあ、そうなんですよ…大所帯なので統率取れるかどうか…」

小さく溜息をつく青年――カンセルは手元に携えていた端末で同行する兵士の名簿を眺めた。
彼らの氏名の横には年齢が記載されているのだが、せいぜい齢14〜15といったところだろう。所属年数は半年にも満たない。
不意に落ちた沈黙に、ルカは何処か気まずそうに口を開く。

「…カンセルくんはどうしてソルジャーになろうと思ったの?」
「ありがちな話ですよ。英雄セフィロスに憧れたからです」

そして今もそれは変わりませんよ。
逡巡もなく告げられた言葉にルカは目を丸くし、カンセルが理由を答えるべく視線を送る。

「確かにソルジャー部門は、ここ数年きな臭い事件が続いています。血生臭い事情が含んでいるのも察してます」

けれど一端の口きいて、正義感丸出しの演説をしたところで神羅カンパニーが変革するとは思えない。
何故なら自分に地位も権威もないから。神羅を動かしうる力を持ち得ていないから。
…真意、真実に足を踏み入れる権利すら剥奪されているから。

「俺は自分がやれることをやるだけです」

カンセルの眼差しには熱がこもっていた。破天荒なザックスとは対照的に、冷静沈着そのものかと思っていたが、彼もまた熱く燃える魂を持つ男らしい。
エレベーターは速度を落とし、目的の階に止まった。
先に降りるカンセルは、軽くルカに会釈する。扉の向こうへ、彼女の横を通り過ぎた刹那――「カンセルくん」と己の呼ぶ声が耳に触れる。



「大切な事、思い出させてくれてありがとう」



穏和な声音。
聞きなれたはずなのに、何処か永訣の気配がする。
戦場を駆け抜け、生死の狭間を目にしてきた人間だからこそ感知できるもの。
彼は狼狽を隠せぬまま、蒼い髪の女の方へ振り返る。

――これはきっと、さよならの序章。

彼女はどんな表情をしていたのだろう。どんな思いで感謝を述べたのだろう。

("どうしてソルジャーになろうと思ったの"、なんて)

どんな思いで、俺に問いかけたんだろうか。
縋るような願いすら嘲笑うかのように。
運命は、彼を置き去りにしていった。










There is always light behind the clouds.21










久方ぶりに帰った我が家兼なんでも屋の事務所内。
ルカは備品などを保管している倉庫から、可愛らしい布地やリボン、レース等を取り出す。
花売りワゴンの装飾に利用出来そうな類を袋に入れ――恐らくしばし戻れないであろう、自室をぐるりと見渡した。
第二の故郷とも言えるミットガル、そしてなんでも屋。
ルカは、カーテンが閉め切られた窓辺に飾られている写真を手に取る。
可愛らしいホールケーキを持ち、頬を赤く染め、満面の笑みを浮かべているルカ。その周りには、幼馴染の2人と恋人がワイングラスを掲げて破顔している。
写真を見る者すらその笑顔につられて笑ってしまいそうなほど、4人は良い表情をしていた。
それはルカの誕生日、幼馴染2人とセフィロスが盛大に祝ってくれたのだ。
アンジールはお手製の料理を振舞ってくれた。ジェネシスは一等良いワインやシャンパン、希少なウータイの地酒を持ち込んでくれた。
そして恋人の彼は――…。
ルカは写真立てからそれを抜き取った。
表面に特殊な加工がされている為、長期間日光に当たっても水に濡れても劣化することはない。まるで当時の場面に戻ったかのように、色鮮やかなまま。
眩ゆい思い出に魔晄の瞳を細め、コートのポケットに仕舞い込んだ。





「これでよし」

無骨な花売りワゴンに精一杯の飾りつけを行い、フォルムは幾分柔らかくかつ可愛らしくあしらわれていた。エアリスがザックスに申し出た23個の希望を全て叶えられたと言っても過言ではなさそうだ。
ザックスとエアリスは目を輝かせ、花売りワゴンの周囲を回りながら満足そうに頷いている。

「すげえ、こんなに変わるんだ…」
「すてき!ルカ、センスあるね」
「ふふ、ありがとう」

ルカは彼らにワゴンを任せ、先に公園へ向かうよう促した。
エアリスが追加で装飾できるよう、事務所から持ってきた備品を軽くまとめておく。屋根から差し込む日差しに影がよぎり、白い羽がルカの視界に入りこんだ。

「どうしたの」

彼女が声を掛けた先に、アンジールモンスターが優雅に降り立つ。彼は硬質な眼にルカを映しながら、何も言わず佇んでいた。
独りごとのようにルカは薄く色づいた唇を開く。

「ねえアンジール、また振出しに戻るのかもしれないね」

自分がソルジャーになった理由、ミッドガルに来た理由。
それはただひとつ。
――母に会いたかったから。
手掛かりがここに存在しないなら、いる意味はないのかもしれない。それどころか、この世界に手掛かりが残されているのかさえ不透明なままだ。
ジェネシスの件は解決せねばならないが、それもまた終われば、生きる場所や生きる道を再び選択しなおす必要があるのかもしれない。
――…あたしは何処で生きていきたいんだろう。何処で最期を迎えたいんだろう。
彼女の頭によぎるのは、ただひとつ。


「アンジール。エアリスのこと、頼んだよ」


無責任だな、と呆れられたようにモンスターは鼻を鳴らす。その素っ気なさとは裏腹に、彼はルカの手に頬ずりをした。ルカは獣の羽根に顔をうずめ、しばし抱擁する。
ルカは後ろ髪惹かれつつも、教会を後にし、ザックス達が待つ近場の公園へと向かった。
どのように人を集めようかルカが思考していたが――辿りついた場所では、手慣れた様子でザックスは人々に声を掛けていた。

「すごい…」

天賦の才と言っても過言ではない様子に、ルカは思わず感嘆の溜息をつく。なんでも屋の時、チラシを配るのにも苦労した自分とは大違いだ。
見慣れぬワゴンと温かみのある花々に興味を抱いた住人達が、世間話を交えながら花を購入していく。想像以上に好評である状況に、エアリスは驚きながらも楽しそうだ。
和気あいあいと和やかな公園の片隅で、黒スーツの男性がひたとルカを見据える。
その人物はあくまで自分は陰日向の存在であることをわきまえている――といえば恰好が付くが、単に場違いであることを察しているのかもしれない。
彼もまた、モデオヘイムでの怪我は完治しているようだ。ルカは目礼だけ返し、賑わいを見せる人の輪へと歩を進めた。


[*prev] [next#]
- ナノ -