神羅ビルに帰還したルカ達は、セフィロスから現状と今後の方針について説明を受ける。
ジェネシス・コピーの目撃情報増加に比例し、地方の魔晄炉周辺にモンスターが大量発生。魔晄炉勤務者が全員消息不明となり、原因調査に向かったソルジャー達も行方不明となった。
派遣されたソルジャー達はラザードの追跡も行っており、魔晄炉周辺にポッド型の装置も発見していたらしい。十中八九、彼らはジェネシスやホランダーの餌食となったのだろう。
近年稀に見る異常事態だ。
故に神羅カンパニーは「1ST全員」を出動させ、改めて原因究明及び事態収束に尽力するよう指示を出した。

「ねえ、セフィロスはどのマテリアを持ってくの?」
「攻撃魔法多めだな」
「随分大雑把ね。召喚獣は?」
「いらん。俺が戦った方が早い」
「さすが英雄」

セフィロスから説明を受けた後、各々遠方任務への準備のため時間を取ることにした。
ルカもセフィロスの執務室に赴き、彼が所持しているマテリアを借りに来ている。
あらゆる魔法が使えるに越したことはないが、所持出来る数は限られている。エーテルやポーションといった、補助の道具も持ち運ぶのなら尚のことだ。

「ね…さっき、あなたが言ったこと本気?」
「…ああ」

――場合によっては俺は神羅を捨てるかもしれない。
それはザックスとルカの前で暴露された、セフィロスの思いだった。
神羅への強い不信感。彼らが生きていることに対する複雑な感情。己の歩む道が霞んでいくことへの苛立ち。
天に意思があるのなら、「彼らと向き合え、会いに行け」と言われているような気がしてならないのだろう。

「安心しろ、今すぐどうこうするわけじゃない」
「うん…」
「少なくとも、今回の任務は対応するつもりだ」

今回の任務は、内容のどす黒さに相反して大所帯なのだ。
神羅の重要事項満載、隠蔽の色合いが濃い任務にも関わらず、今回の任務には一般兵も同行させることになった。
ソルジャー2ND・3RD向けの訓練はおろか、一般兵向けの訓練や実地演習も人手不足によって十分に行えていないそうだ。
どのような理由にせよ、英雄直々に引率する任務なんて滅多に参加できるものではない。選出された兵士達はさぞかし気合が入っているか、危険な目に遭うのではないかと青ざめているか…。

「一般兵の子達は、本当のことを知らないのよね」
「勿論。魔晄炉の動作異常の調査とだけしか知らされてない」

その方が幸せだろうと吐き捨て、セフィロスは選別したマテリアを身に着けた。ルカもまた、以前の経験から回復・治癒系統のマテリアを優先的に装着する。

「そういえば、最近ミッドガルやカーム周辺でモンスターが異常発生しているだろう」
「ええ、話は聞いてるわ。街に被害が及ぶ前にソルジャーが排除に向かってるって」
「これを見てくれ」

ルカはセフィロスに手招かれ、デスクの傍に足を運ぶ。
セフィロスはデスクに設置された端末のキーボードを叩き、画面に映し出された報告書を彼女に見せた。

「モンスター達は、宝条の研究施設で管理されていた研究用の物だ」
「な!?」

通常、厳重管理されているはずの研究所から大量のモンスターを持ち出すことなど不可能だ。ルカは眉を顰める。

「もしかして意図的に?」
「ああ。主犯は宝条に次ぐナンバー2の科学者だ」

件の科学者は既に拘束され、取り調べを受けているそうだ。「神羅の行っていることは神への冒涜だ」と、吐き捨てていたらしい。
何を今更。良心の呵責に駆られるならもっと早い段階で気が付いてほしい。
神への冒涜や、科学者達の倫理観の欠如を嘆こうが、モンスターを放っていい理由にならない。
そして、懸念すべきところは他にもある。
セフィロスが再びキーを叩くと、画面に現れたのは処分されたモンスター達の写真だった。
以前ザックスと共に討伐に向かったミドガルズオルムや、カーム近辺で生息しているカームファング。確かに数は多いが、目立った変化はない。
しかし、ある写真が映し出された途端、ルカは思わず手で口を覆った。

「…っ、」

人間の特徴を中途半端に残しながら、鋭利な角や鉤爪を持つ生き物。不気味に変色した肌、背には甲殻類が持つ突起を生やし、異常に発達した筋肉を持つ「モンスター」だ。

「実験に没頭しているとは聞いているが…」
「ひどい…」

これ以上は言葉にするのも憚られ、ルカは口を噤んだ。セフィロスもまた忌々しく顔をしかめる。
ルカの脳裏に浮かぶのは、スラム街で対峙した変異型のジェネシス・コピーだった。外見は異なれど、彼らから感じられる「異形なる者」特有の悍ましさが酷似している。
素人目だとしても、このモンスター達はプロジェクト・Gでも利用された技術を用いて、製造されていることが想像つく。
ポッド型の機器を設置しているのはホランダーの研究所だけではない。
神羅科学部門には実験だけでなく、ソルジャーの治療用も含めて腐るほど所持している。その他にも高濃度の魔晄エネルギーの使用権限もあるのだ。
モンスターを生み出すにはうってつけの環境と言えよう。
宝条は濁った好奇心から技術を強化させ、より一層凄惨な生命を創り出すことに傾倒したのだろう。
ルカは重い溜息を吐く。

「宝条博士はプロジェクト・Gと関わりがないと言ってたけど、その発言は嘘だったのかもね」
「そう捉えてもいいだろうな。宝条とホランダーが研究で関わって――」

不意にセフィロスの言葉が途切れ、魔晄の瞳を見開かれる。
彼から醸し出される憂憤に、ルカは戸惑いながら声を掛けた。

「どうしたの?」
「宝条とホランダーは、かつて科学部門統括の座を賭けた権威争いを起こしている」
「ええ、それは知ってるわ」
「…ホランダーは、宝条と共に争っていた『何か』に失敗した…」

己に言い聞かせるような声音。
黒革の手袋に包まれた指先が小さく震え、やがて痛々しいほど強く握り締められる。



「プロジェクトが複数存在し、成功事例が創り出されていたとしたら」



プロジェクト・Gは20年以上前に「失敗」しているにも関わらず、未だ極秘資料として研究結果が残されていた。データの複製や持ち出しは禁じられ、取扱いが異様なほど厳重だ。
単純に、過去の研究記録として残しておいたのかもしれない。
だが、騒動の要因が複数立案されたプロジェクトならば合点がいく事柄が多い。
成功事例との比較の為、プロジェクト・Gの情報が残されていたなら。
アンジールやジェネシス、そしてルカとも異なる「子ども」が創り出されていたならば?
――セフィロスの顔色は、より一層蒼ざめていく。
現に「勝者」である宝条は魔晄を利用し、肉体強化の技術を確立させている。
そして、ルカ達は一連の事件で嫌というほど理解していた。
ソルジャーとモンスターは、生まれる過程が酷似していることを。

「当時プロジェクトを総括しうる人間は――」
「ちょっと待って!セフィロス!」

恋人の思い詰めた表情に、ルカは狼狽しつつも彼の腕を揺さぶった。
セフィロス自身も彼女の存在を忘却しかけたのだろう。一瞬身体を強張らせたが、やがて弛緩するように息を吐いた。
彼は力無くソファーに腰掛け、己に触れるルカの手を握り締める。ルカは床に膝をつき、そっと恋人の顔を覗き込んだ。

「宝条博士は真実を言わないかもしれないけれど、ジェネシスなら何か知ってるかもしれないわ」
「…」
「だから今は…そんなに決めつけなくてもいいと思う」
「そうだな…」

言葉を交えたところで、2人の間に渦巻く疑念は膨れ上がるばかりだ。
沈黙の中、セフィロスは鈍い動作で手を離し、渇いた唇を開いた。

「しばらくミッドガルには戻れないだろう。ルカ、お前も用事があるなら早めに済ませておけ」
「ええ…」

遠回しに一人にしてほしいと伝えているのだろう。彼の心情を汲み取り、ルカは執務室を後にした。
彼女自身もソルジャーフロアへと戻り、自分の端末を利用して急ぎの事務処理を片付けようとする。だが先程の恋人の沈鬱な表情が目に焼き付いて離れず、キーボードを叩く速度は異様なほど遅い。
誰もいないことを確認してから、ルカは大きい溜息を吐いた。

「仕事なんてやってられないわ…」

自ら言うのも皮肉なことだが――そもそもプロジェクト・Gによって生まれた「実験体」に、何事も無かったかのように仕事を振る神羅はどうかしている。
ルーファウスからも説明があったが、事を穏便に済ませるには今の状態が一番なのかもしれない。
だが冷静に考えれば、この状況は正気の沙汰ではない。
降り積もる憂慮にやる気は失せ、ルカは作成していた書類を一時保存する。
そして今しがた届いたメールと添付ファイルを開いてみると、世界各地の魔晄炉調査へ向かうソルジャーの名簿が掲載されていた。
ザックスの友人でもあり、ルカともよく交流のあるカンセルはコンドルフォートへ向かうらしい。
彼の部隊が引率する兵士達の年齢層は非常に若く、人数も多い。野営所の設置訓練も実施するようで、遠足気分になりそうだなとルカは苦笑する。

「ん、あった」

スクロールした先には、セフィロス・ザックス・ルカの3名が書かれている。兵士の中にはモデオヘイムで任務を共にした、クラウドの名前をあった。
ルカ達の任務地は、世界で初めて魔晄炉が建設された地域らしい。
セフィロスの説明にも合った通り、表向きは魔晄炉の動作異常の調査のようだ。コピー達の情報は掲載されていないものの、魔晄炉周辺ではドラゴンといった危険なモンスターも発見されているらしい。
住民たちは近隣の村へ避難したくとも、山脈や川を挟んだ渓谷によって隔絶されているため実質不可能だろう。ジェネシスの件が無かろうと、1ST全員を向かわせていたに違いない。

「村の名前は…。へえ、不思議な地名ね」

神話に出てきそうな名前だとルカは独り言ち、メールを閉じて端末の電源を落とした。



彼らの行き先は――ニブルヘイム。
星の運命を狂わせた、因縁の村だ。







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