「あ、コレ忘れてた…」
ルカはデスクの上に散らばった、モンスターの羽を見下ろす。 先日依頼があった件で収集していたそれらの中で、一部が破損した状態である物を処分しようと思っていたのだ。虹色に光る羽をゴミ箱に放りこみながら、ふと脳裏によぎる光景に彼女の手は止まる。
『これは個人的な研究に使いたくてね。本当に助かったよ、"なんでも屋"さん』 『いえいえ、こちらこそご依頼いただきありがとうございました』
男はルカから受け取った品を片手に快活に笑む。男は草臥れた白衣にサンダルという、余り人目を気にしない装いであった。
『ところで…ジェネシスの容体はどうですか』 『ふむ、以前よりは良くなったよ。そろそろ任務に戻っても支障ないだろう』 『そうですか…安心しました』
――ソルジャー三人がトレーニングルームで手合わせをしていたところ、ジェネシスが負傷したらしい。手合わせの凄まじさ故、折れてしまった剣先が、彼の肩を切ってしまったようだ。 肉体改造を施された身体は非常に頑丈であるため、普段ならば心配する必要はない。しかし今回は違った。 剣先はトレーニングルームの機材も一部破壊してしまい、機材から漏れ出した魔晄が傷口に入り込んでしまったのだ。 ルカは勿論のこと、傷の治りが遅いことに皆心配していた。
依頼主とは丁度その時――ジェネシスの見舞いに行った際に出会ったのだ。
「彼」は神羅カンパニーに所属する研究者でもあるが、今現在はソルジャー達の治療を主に任されている。 自己紹介をした際に、ルカがなんでも屋という珍妙かつ自由な職種であることを甚く気に入り、この数週間小さな依頼を持ちこんでくれていた。 ミッドガル周辺に生息するモンスターの羽や、珍しい動植物の採取などを任されている。半ばおつかいのようなものだ。 彼は多忙であるため材料を採取する暇もなく、個人的な研究に備品を利用する事を許されていない立場なのだろう。
『…そういえば君達は幼馴染と聞いていたが』 『あ、はい。全員バノーラ出身なんです』 『バノーラか。あぁ、あそこはリンゴが美味いんだったな』 『よくご存知ですね』 『以前関わりがあってな。しかしそれにしても…』
男はルカを凝視したが、ふと言い澱んで視線を逸らしてしまった。
『どうかしましたか?』 『あ、いや…その、気に障ったら申し訳ないんだが』 『どうぞ仰ってください』
そこまで言いかけるなら最後まで言ってほしいものだ。気持ち悪さだけが残ってしまう。 勿論本心を口には出さず、営業用の笑みを浮かべたルカに、男は所在なさげに顎髭を撫でながら重い口を開いた。
『昔、君とよく似た女性と仕事をしたことがあってね。何だか懐かしい気分になるんだ』 『似た女性…』 『髪の色が良く似ているんだ。たしか彼女の名前はソラリスだったかな。もう20年近く前のことだ。彼女はもう退職してしまったからその後はどうなったか分からないが…』 『…っ、』 『ああ、すまない。長居してしまったな。ではまた』
依頼主は軽く頭を下げ、事務所のドアに向かって歩き出す。ルカは反射的に口を開いた。
『――ホランダー博士!』
思った以上に大きく、切羽詰まった声が事務所に響いた。名を呼ばれた依頼主・ホランダーは何事かと困惑しながらもルカの方へ振り返った。
『な、何かな』 『あ、いえ…その、またの御贔屓を』 『ああ、宜しく頼むよ』
ルカはしどろもどろに言葉を紡ぎ、激しい動揺を抱きながら依頼主を見送った。 その一週間後だったか。ラザード統括より例の依頼のメールが届いたのは。
「…ソラリス」
回想を終えたルカの口から出たのは、依頼主の男が告げた名前。 自然と握りしめた拳に爪が食い込んでいく。ルカの瞳はかき乱された心を映し出すよう、不安げな魔晄色に染まっていた。 似た髪の色。 ソラリスという名。 思い当たる節は有りすぎた。けして自分に、過去を語ることのなかったある人物の面が思い起こされる。
「…お母さん…」
あたしの、たったひとりの肉親。 突然いなくなってしまった、大切な人。
There is always light behind the clouds.02
真っ赤なコートを揺らし、飄々と歩く様は猫のよう。 彼の目的は己のことを「猫みたい」と例えた幼馴染に会いに行くためだった。 ビルの暗い階段を上がり、最上階の五階に辿り着く。他のスペースにはテナント募集中の張り紙が貼られている中、故郷を彷彿させる看板が掲げられた場所を見つけた。 看板の下にあるドアの前には「臨時休業中」の札がかかっているが、ジェネシスは気にせずにドアを開けた。
「うわ、ちょっ!」
ドアの向こうから現れた女――ルカも丁度外に出ようとしていたのだろう、勢いよくひかれたドアの反動に体のバランスを一瞬崩した。ジェネシスは無表情のまま彼女の体を支えると、ふんと鼻を鳴らす。
「相変わらずトロいな」 「急にドアが開いたらびっくりするわよ!声くらいかけてよね」
期待を裏切らないルカの反応に彼は微かに笑った。そして彼女の後方に置いてある脚立を見つけると、ルカは目で問いかけるジェネシスの疑問に答えた。
「丁度看板を外そうと思ってたの。あっ、手伝ってく…」 「断る。お前のために働く気など微塵もない」 「あ、そ」
彼は落胆したルカを置いてそのまま部屋に入り、我が物顔で事務所の奥に進んでいく。小さなキッチンに立つと勝手に戸棚を開けて紅茶を淹れる準備をし始めていた。 彼女は呆れながらも一度作業を止め、ジェネシスの後に続いた。
「契約早々サボリか?」 「…正式な辞令と出勤は明日からよ」 「ふん、随分贔屓されているな」
いつの間にか出来あがった紅茶を差し出され、無言で受け取る。御礼を素直に言いたくはなかった。 ジェネシスは器用な男だ。勝手にキッチンを漁られ、挙句自分で淹れるより数段美味しく出来あがっていることなぞ分かり切っている。
(うー、悔しい…そして美味しい)
ルカは口をへの字に曲げながら紅茶を啜った。相反する感情を抱えているルカを愉快そうに見つめ、ジェネシスは意地悪くも美麗な笑みを浮かべている。 しばし無言のまま二人は温かな紅茶を飲んでいたが、やがて訪問客は口を開いた。
「セフィロスに聞いても埒が明かないから、お前に直接聞こうと思った」 「へ?」 「契約の件だ。報酬だけが目的ではないんだろう?一体何が望みだ?」
やはり彼の目を誤魔化すことは出来なかったようだ。諦念が水の如く身体へと沁み渡り、冷やかな感触が胸元をそうっと撫でていく。ルカは首を振り、静かに語り始めた。
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