「俺が初めて人を殺したのは12の時だ」
すべての時間が止まる。 夜空に輝く花火が、怜悧な彼の面を照らした。
「あの時から、自分の人生に価値を見出すのをやめた」
幸福であるか不幸であるか、考えるのも馬鹿らしかった。 まして他者に定義されるなど無意味なこと。 金や権力の有無に関わらず、人間が自らの手で選択できることはごく僅か。 生き方も選択できないのに、己の命の最期すら病に蝕まれ、他者や自然の脅威に蹂躙されることもある。
「自分で言うのもなんだが、俺は社会的地位に恵まれている。人を動かすのが容易い立場だ」
英雄と崇め奉られる力は、恐怖で人を縛り、脅威として利用することもできる。 大抵の事柄は僅かな努力や工夫をすれば、手に入る環境だった。 ――故に、喜びや幸福感は薄かった。
「たったひとりだけ…、俺自身を見てくれる人がいた」 「…どんな人?」 「神羅の科学者、ガスト博士。俺を育ててくれた人だった…けれどある日突然いなくなった」
信頼する人に裏切られ、人を殺め…幼少期から思春期にかけて壮絶な境遇であったことに違いない。 やがて彼は――周囲の人々は自分の人間性に魅かれ、信頼を置いてくれているわけではないと悟る。 所詮は表面的に評価されたもの、圧倒的な戦闘能力、功績、ひいてはその美貌を見て判断しているに過ぎない。 それ故に他者への興味を無くし、結びつきも望まなくなるのは必然だった。
「だが、"あいつら"は違った」
バノーラ村からやってきた少年2人。 彼らは、セフィロスが持つ「英雄」という立場に媚びるわけでも妬むわけでもない。 同年代の人間として付き合い、時にぶつかり、命懸けの喧嘩すらした。 鬱陶しいのに放っておけない、手離せない。むしろ居心地がよくて温かくて――やがて仲間として信頼しあう間柄になった。
「…昔は、何もかもどうだってよかったはずなのに」
自分の意志で彼らの傍にいたいと思うようになった。 あの叙事詩のように、自分達は離れていても思いはつながっている。 重ね合わせた心は、堅く結ばれているのだと。
「ジェネシスとアンジールが、あなたを変えたのね」
ルカは彼の手を取り、微かに震えた指先に思いを乗せる。 ――セフィロスは長い睫毛を伏せ、静かに目を瞑る。 彼らはもういない。 重ねた心が剥がれゆくことは、互いの心の片鱗を奪い、血肉を削り取り、見えぬ苦痛を伴う。 感情が複雑に絡み合い、縺れ、やり場のない憤りに暴れだしたかった。激情の中で消えぬ呪いを生み出してしまいたかった。 それなのに。
「あいつらが、俺を変えてくれたから」
二度と戻らぬ時間の中で、ひとつ輝くもの。
「ルカと出会えたんだ」
初めて誰かを守りたいと思った。 苦悩や悲哀が彼女に降り注がぬよう、身を挺してでも守り抜きたい。 愛する喜びを、愛し合う喜びを享受したい。 時の果てまで守り続けていたい。
「ルカ」
熱く眩い記憶に、価値がないだなんて思えなかった。 望みを抱くことを、愚かだなんて思えなかった。
――ひとを愛することは、幸福なのだと。
「愛してる」
同じ瞳をした彼らは、同じ想いを抱いた涙を零す。 穏やかな未来を祈りながら。 たった一言に込められた想いの強さを、信じながら。
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