ザックスとルカの前に立ちはだかる存在。
――…これは、一体何者なのだろう。
命のあるべき姿に背いて生み出された者達。
人間の皮を被った獣の、成れの果て。

「アンジール…誇りはどうした!?」

必死に訴えるザックスの声などもう届いていない。
あまりに深すぎる絶望と悲哀は、ルカから叫ぶ気力すら奪った。

「そ…んな…」

化け物は憤怒とも狂気とも判断のつかない、身の毛のよだつ絶叫を上げ、傍らにいたザックスの腹部に蹴りを食らわせる。
携えた槍による攻撃でなかったのは、僅かな理性が働いたのかもしれない。
しかしながらその一撃は彼の身体をいとも容易く歪ませ、勢いは収まらずに壁へと叩きつけられてしまう。

「ザックス!」

今度はルカに向けて槍が振り下ろされる。
間一髪回避出来たものの、次々と降り注ぐ攻撃によってザックスを救助する余裕はなかった。それどころか厄介な毒による眩暈によって、一瞬ルカの視界が歪む。
化け物はその隙を見逃してくれなかったようだ、槍でもってルカの身体を薙ぎ払う。
あばら骨、内臓のどちらも負傷したのだろう。ごぼ、と彼女の口から鮮血が溢れ出た。

「うぅっ…!」

飛びかけたルカの意識を引き戻したのは皮肉にも、全身に走る激痛だった。
必死の抵抗をするよう、ルカは身じろぎして「かつて幼馴染であった存在」を視界にとらえた。

(アンジール…)

なんと哀しい姿をしているのだろう。
これが科学者達が求めた生命だというのか。

(あたしたちの…、「モンスター」の末路…)

闇へと消えた幼馴染の言葉が木霊する。
もはや人間として生きていくことはできない。
凄惨な責苦の果てに、辿り着いた答えはすべての終焉。
人の姿を捨ててしまっても、最期に人間として終わりたいと彼は叫んでいる。
家族同然に慈しんできた者達によって、呪われた生を終わらせてほしい。

彼は、救われたいのだ。

ルカの魔晄色の瞳に、淀んだ光が灯る。
胸の内に広がる罪悪感に打ちひしがれ、そして僅かながらに救われた。
今だけは己の身勝手な矜持を振りかざそう。
…だってそうでしょう?
人間として生きていきたいのなら、戦わなければならないのだから。
――それなのに。
普通の人間ならば激痛に失神し、身体を走る衝撃に耐え切れず命を奪われているはすなのに。
彼女の腕は、脚はまだ動く。
剣を握り締めるその手の力は確かなもの。
体内を循環する血液が沸騰していく。

(この戦いに正義なんかない)

口角が歪に上がり、引き攣った笑みを浮かべた。

(あたしは戻れない)

ジェネシスと命懸けで戦った時から。
偶然とどめを刺すことがなかっただけで、あれは幼馴染を食い止める為の闘いじゃない。
互いを殺める為の闘いだった。

(もう……戻れない)

ルカの瞼には、銀糸を靡かせる男の姿が浮かぶ。
友の帰りを願っていたあの人のところには。
――誰よりも愛しい恋人の隣には。

「はは…」

血に濡れた唇から、渇いた嗤いが零れた。
黒く濁った興奮が、ルカを苦痛から解放してくれる。
彼女は、目の前の惨状に堕ちるべく一歩を踏み出した。



「アンジール――!」



あなたの最期を見届ける。
ただそれだけのために。



あたしは今、ここにいる。









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