苛烈な鍔迫り合いに空気が裂け、火花が散った。
悲鳴をあげるように互いの剣が弾き飛ばされる。
宙に舞った剣を取り戻す間すら煩わしいのか、彼らは身体に魔力を纏わせて武術で対抗した。
炎や氷、雷を帯びる拳や蹴りを放つ。
相手の攻撃に耐えれば、床にめり込んだ踵によって礫が散った。
彼らはその瞳に壮絶な炎を燃やし、歯を食いしばり、鮮血と汗を滴らせる。
どちらかが倒れるまで止めることは出来ない。
まるで野生動物の生存競争だ。
――その光景の中、ひとり置いていかれた存在があった。
子犬と呼ばれた男・ザックス。
彼は自身の背を這う冷たい汗によって、ようやく自分が未だ生ある者であることを知る。
彼の目に映る青い髪の女は、自分の知っている「ルカ」とは全く違う。
お世辞にも華麗とは言えない、そんな余裕など何処かへ葬り去られている。


『ソルジャーって会ったこと、ある?』


ザックスの脳裏に響くのは、少女の声音。
プレートに覆われた空の下で、揺れる亜麻色の髪。
教会で咲く花々のように温かく優しく――どこか儚げだった。





『――幸せなのかな』





先に膝をついたのは、ジェネシスだった。
ルカの魔晄色の瞳から異様な光が消える。だが彼女は笑うことも嘆くこともなく、表情を動かさぬままだ。

「"明日をのぞみて散る魂 誇りも潰え、飛びたとうにも翼は折れた"」

ジェネシスは自嘲するように詩を囁く。壮絶な戦闘の傷が痛むのか、胸元を押さえて力無く床に倒れこんでしまった。

「これがモンスターの末路だ」

自分自身に言い聞かせているのか、はたまたルカへの警告なのか。
ルカは口の端から伝う血を拭った。静かにジェネシスのもとへと歩み寄るが、彼はそれ以上の接近を拒むように身体を震わせながらも必死に立ち上がる。

「"約束のない明日であろうと 君の立つ場所に必ず舞い戻ろう"」
「!、ジェネ――」
「この世界が俺の命を脅かすなら、」

ルカの制止を振り切るよう、彼は最後の力を振り絞って翼をはためかせた。
散った黒の羽が、ルカが伸ばした手を遮る。
ジェネシスは満身創痍でありながらも、かつてのように高飛車で自信に満ちた笑みを浮かべる。
その眦に、悲哀のかけらを残したまま。



「道連れだ」



ルカが駆け出した時には、既に手遅れだった。
手摺から身を出すように覗き込んでも、奈落へと堕ちた彼の姿を目視出来るはずもない。

「ほんと…馬鹿なんだから…!」

ルカは必死に抑えつけていた煩悶を吐き出すよう、手摺を拳で叩きつける。
今更ながら激痛を訴える四肢によって、ルカは力無く座り込んだ。










There is always light behind the clouds.16









微かな光がルカの頬を照らす。
ルカは酷く重たげに顔を上げ、彼女の傍にしゃがみこむザックスを凝視した。
彼の面はいつになく真剣なのは、不得手な回復魔法をかけてくれているからだった。治癒の光は何処か不安定なものの、ゆっくりではあるがルカの傷を塞いでいる。

「今回急な任務だったから、俺ポーション持ってなくてさ。ルカのポーションはさっきクラウドに渡してただろ」
「あ…そうだった」
「……下手な魔法で、ごめんな」
「そんなことないよ、ありがとう」
「ん、」

ザックスは未だ余裕がないのか、少々ぶっきらぼうな声音で返事をする。
ルカは心身ともに疲弊しきっていたこともあり、徐々に身体へと広がっていく癒しの光に身を預けていた。
辺りを包む静寂に不安を感じながらも、ルカは何を話せばいいのかわからなかった。
自分の感情すら、言葉にすれば何もかもが言い訳じみていそうで、怖かった。

(…あ、)

ろくに頭も回らない状態だったが、ルカはザックスの額に滲む汗を見つける。
全神経を集中させて回復魔法に専念してくれている彼に、胸の奥が甘く痛んだ。
気を散じてしまうと知りながらも、ルカは思わず手を伸ばして彼の額に触れる。
案の定、急なことに驚いたザックスは魔法を止めてしまった。

「ルカ、どうしたの」
「すごい汗だよ」
「え?うわ、本当だ!」

本人も気が付いていなかったのか、乱暴に手で汗を拭う。
ルカはようやく微笑み、立ち上がった。傷は大方ふさがり、打撲の痕も十分薄れていた。全身に纏わりついていた疲労感も多少回復したようだ。

「傷、まだ残ってるだろ」
「もう大丈夫よ、ザックスが頑張ってくれたから」

万全の状態ではないが、施設内に留まるのも得策とは言えなかった。ホランダーに見つかった以上、コピー達による追撃も考えられる。
ひとまずツォンとクラウドの携帯に電話をかけてみるが、未だ電波が安定しないのか二人とも応答しない。
あるいは彼らの身に何かあったのかもしれない。
ルカ達は一度施設から出て、モデオヘイムへと繋がるトンネルへと進んでいった。


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