施設内は伍番魔晄炉同様、コピー達が徘徊している状態だった。
閑散とし、上階へと続くエレベーターも随分と分かりやすい場所に配置されている。想像以上に単純な構造だった。
そのため身を隠せるような遮蔽物もなく、誰にも遭遇せずに侵入するにはかなり困難を極める。
後々追いつくであろうツォン達のことを考えると、もはや不可能に近い。
「ザックス、」とルカは目で合図する。スカイブルーの瞳が了承したように瞬きを返した。
彼らは階段の踊り場に控えるコピー達に急襲する。
時間をかけている暇はなかった、危険を顧みず急所めがけて剣を一突きする。突然の襲撃になすすべなく倒れる者達を、あるいは異変に気が付いて現れた増援を排除していった。





「……ふ、」

――施設の上層にて、ジェネシスは口角を上げる。
彼にしか聞き取れない微かな物音によって、騒がしい侵入者達を察知していた。
ルカとザックス。
彼らによってコピー達の増産や実験の邪魔をされるというのに、ジェネシスは何処かで彼らの来訪を歓迎している。
いくら時間をかけても己の劣化を止められぬホランダーに比べて、何と生産的な存在なのだろうか。
愉快そうなジェネシスの笑みに、ホランダーは怪訝そうな眼差しを送る。
刹那、紅蓮のレイピアの切っ先がホランダーの喉元に突き付けられた。

「な、なにをする!」

動揺と恐怖に後ずさりするものの、一向にその距離が開くことはない。
ジェネシスの瞳は静かな憎悪を湛えたままだ。
冗談の域を超えたそれに、ホランダーは精一杯の保身をすべく反論をぶつけた。

「わたしがいなくなったら誰がお前の劣化を止める」
「――ジェノバ細胞」

囁かれた言葉はジェネシスの持つ刃よりも凍てついた響きを持っている。
だが、ホランダーはどこまでも悪運の良い男らしい。エレベーターが到着し、下階にて戦闘を終えたルカ達がホランダーとジェネシスの姿をとらえた。

「あいつら…!」
「ジェネシス!そこまでよ!」

駆けだしたザックスが、妨害するべくジェネシスに向かって剣を振りかぶった。ルカも続いて魔法を放ち、援護に回る。
混乱に乗じて逃亡を図ろうとするホランダーを、クラウドが取り押さえてくれていた。

「クラウド、ナイス!」

そうルカが褒めたのもの束の間。見苦しく暴れる男の肘が運悪くクラウドの胸を強打する。むせながら倒れこむ少年を庇いつつ、ルカはロングソードを構えて距離を詰めた。
ホランダーはザックスの背に隠れ、攻撃から免れようと必死に叫ぶ。

「──だがジェノバ細胞は保管場所が分からない!宝条でさえ知らないんだ、見つかりっこない!」
「だったらこのまま朽ち果てるさ…ただし、世界も道連れだ!」

ザックスに襲いかかる緋色の剣筋は、以前よりも一層凶暴さを増していた。
ジェネシスの身体には、劣化の兆候が表れている。
その証拠として、艶めいていた亜麻色の髪だけでなく、肌も色素が失われ、生気そのものが彼の身体から抜け落ちていた。
だがそれはあくまで外見だけの話だ。ソルジャーとして得た力は少しも衰えを感じさせない。
ひとつの生命体としての均衡が崩れているはずなのに、彼の存在感は凄みを増しているのだ。

彼は――狂気だけで成り立っている。

ルカの背筋に冷たいものが走った。
ルカは万が一のために持っていたポーションをクラウドに手渡し、静かな声で指示をだす。

「クラウド、ホランダーを追って。あなたなら出来る」
「は…、はい!」

むせながらも懸命に立ち上がる少年に対し、ジェネシスは何ら興味も持っていないらしかった。対峙していたザックスの牽制を跳ねのけ、挑発するようにルカへ視線を向ける。

「ジェネシス」

クラウドの姿が消えた頃、意を決してルカは口を開いた。



「あなたと同じように、あたしが神羅の科学者によって作り出されたモンスターなのは分かってる」



ルカの視界の端で、剣を構えていたザックスに動揺が走る。
これから発する言葉が自らを傷つけるものであると理解しながらも、ルカは一歩踏み出した。

「あの村は、あたし達3人――プロジェクトによって生み出された子どもを監視下に置くための『檻』だった…そうでしょう?」
「その通りだ」
「そして…失敗作だったあたし達は、幸か不幸か神羅の監視下から外れた」

もし最初から「成功作」であったなら、赤ん坊の頃から科学部門の管理のもと育てられていたのだろう。経緯は不明だが、3人は神羅が望むような傾向は見られなかったために、ミッドガルから遠く離れた場所へと放られたのだ。
不要だと言わんばかりに。
神羅に仇なすような、危険な行動が確認された場合にも…処分しやすいように。
苦い感情に翻弄されながらもルカはジェネシスをひたと見据える。

「…あたしはバノーラのみんなを、恨むことは出来ない」

自分達は普通の人間として育てられていた。
何にもない、田舎としか言いようのない平凡な故郷が大切だった。
穏やかで温かい愛に溢れていた人々に囲まれて過ごしてきた日々が、嘘だなんて思えない。


「お前は本当に愚かな女だ、ルカ」


前に立つ男は凪いだ嘲笑を浮かべる。
――彼らは、相容れない。
同じ故郷を持ちながら、同じ過去を紡ぎながらもその目に映る未来は、大きくかけ離れてしまった。
この寂寥感を理解してくれとは願わない。
ただルカの心の内で、焔の如く燃え盛る感情は止められなかった。


「…返して」


守れなかった人々への懺悔と。


――あなたの凶行を止められなかった、後悔。



「バノーラのみんなを返して」



ルカの頬に涙が伝う。
色素を失い、乱れた髪の奥で、ジェネシスの瞳が僅かに揺れた。
ひび割れた彼の唇が何かを紡ごうと薄く開いたが、間もなくきつく噛みしめて、彼は剣を構える。
ルカは苦痛に耐えるよう固く目を閉じ、溢れる大粒の粒を零し――見開いた瞬間、跳躍しロングソードを振りかぶった。







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