ルカは資料室の入口に設置されたセキュリティボックスに携帯を入れ、施錠する。神羅ビル内の資料室は情報漏えい防止の為、端末の持ち込みを禁止されている。
電源を落として入室しても特殊なセンサーで反応するらしく、叱責するようなブザー音が鳴り響くと聞いたことがあった。
そのため、調査を進めているセフィロスと連絡を取る場合には、こちらから直接会いに行った方が早い。
何度かセフィロスの様子を見に来ているが、いくら注意をしても休憩をとる素振りはない。自分もそうだが、なまじ身体が丈夫なので不眠不休でも耐えうるのだ。

(まあ、そういう問題じゃないんだけどね)

精神衛生上、非常に宜しくない。気分転換は必要だ。セフィロスを無理矢理資料室から外の廊下へと引きずり出した事は記憶に新しい。

『まだ調査の途中だ』
『邪魔しに来たの』
『…』
『食事くらい一緒に摂ってもいいじゃない』


手作り感満載のサンドイッチとおかずを詰め込んだバスケットを見せつける。
セフィロスは作業を中断させられたことに不満を露わにしたが、「食べないなら捨てる」と言い放つルカの脅しに負け、渋々自身の執務室へと向かった。
彼女が執務室のキッチンで紅茶を淹れている間も、セフィロスはしかめ面を崩さない。ルカは半ば呆れながらも彼の口にサンドイッチを詰め込んだ。

『ろくに休んでないでしょう』
『そんな状況じゃないからな、調査が長引けばジェネシスが何をしでかすか分からない』


コピー達の能力はいずれ1STに追いつくかもしれない。
それなのに、彼らに対抗できるのはセフィロスとルカ、そしてザックスだけ。正直なところ各々の負担は大きい。
張り詰めた緊張感の裏側にあるのは、セフィロスなりの恋人を慮る優しさだった。そして凶行に走る友を止める固い意志なのだろう。
ルカにも彼の想いは十分に伝わっている。
感謝の気持ちを添えて、ルカはあたたかな紅茶を差し出した。ようやく気持ちを切り替えたのか、彼は素直にそれを受け取り、食事を摂り始める。

『…いつになるか見当もつかないが』
『ん、』
『この戦いが落ち着いたら、長期休暇が欲しい』


セフィロスの発言にルカは目を丸くする。神羅側から休暇を与えられることはあっても、彼自身から申し出ることなどなかったからだ。
揺らぐ湯気に翳る彼の横顔を見つめ、ルカはそっと微笑んだ。

『いいじゃない。1年くらい休んだってバチ当たらないわよ』
『ならばルカも来てくれ』
『あら、どこに行くか決まってるの?』
『ああ、元々一緒に行きたいと思っていたんだ』


他愛ない会話によってセフィロスの強張った表情は解けていく。
――そんなことを思い出しているルカ自身もまた、淡く笑みが零していた。
静まり返る資料室の中を探索していたが、ふと足を止める。

「…あれ?」

ルカの予想に反し、資料室内には誰もいなかった。資料が山のように積まれた作業デスクの様子から、セフィロスが滞在していたであろう痕跡は残っている。
入れ違いになったのかもしれない。
別段急用があるわけでもない、むしろ息抜きをしてくれているのならそれでいい。再度折を見て会いに来ればいいことだ。
デスクに置かれたペンとメモ帳を拝借し、一言添えてルカは一度資料室を離れる。
携帯を回収すると丁度画面が光り、着信を告げる。相手はザックスだった。

「はい、もしもし」
『ルカ、今時間ある?』
「うん、大丈夫よ。神羅ビル内にいるわ」
『良かった!なあ、これからエアリスのところに行かないか?』
「構わないけど…、もしかして彼女に何かあったの!?」

ザックスは知らないだろうが、エアリスは古代種の血を引いている。相次ぐ襲撃事件やホランダーの逃亡から、ルカは真っ先に最悪の事態を連想してしまった。
余程張り詰めた声をあげていたのだろう、電話越しでザックスが苦笑しているのが伝わってくる。

『大丈夫、計画の準備をするだけだって』
「計画?」
『花とお金をいっぱいにするんだよ。じゃ、エントランス集合な!』

拍子抜けしたルカを置き去りにするように、一方的に通話が切られてしまった。ルカは全く状況が読めず、携帯の画面を眺めて口を開く。

「花…?」










There is always light behind the clouds.15










スラムの教会へ向かう道すがら、ルカはザックスから説明を受ける。
ザックスの目的は「花売りワゴンの作成」だった。
以前スラムの教会にて彼らが話していた、「ミッドガルは花でいっぱい、財布はお金でいっぱい」計画から発展した内容のようだ。
花を積み込むワゴンを作成すればミッドガル中で売り歩く事が可能だろう。店舗を構える必要もないため、負担も少なくて済む。
ルカはかつてミッドガルに越してきた当時の事を思い出す。
バノーラで蓄えた貯金には限界があり、「なんでも屋」の資金繰りの為日雇いのバイトばかりやっていた。身体能力の高い自分にとって、肉体労働は都合が良かった。
――経済事情は厳しかったものの平穏だった日々。まるで何十年も前の、在りし日を思うかのようにルカは微笑んだ。

「花売りワゴンね、いいアイデアだわ」
「だろ?出来ればスラムにある工具なんかで作れるといいんだけどな〜」

スラムには不法投棄された機械や工具が山のように転がっている。「上」で不要になったといえど、さほど劣化しておらず大抵は再利用可能だ。
実際、ルカの「なんでも屋」の看板も同じような手順で作成している。
自身の旧職場にも使えるものがあったか思い返していると、不意に二人の視界に白い羽が舞い散った。

「「!!」」

反射的に剣に手を滑らせる彼らとは対照的に、男はゆったりと上空から舞い降りてくる。安堵の溜息とともに思わず肩の力を抜いて、体制を崩した。

「アンジール!?どこで何してたんだよ!」
「すまない。これでも忙しくてな」
「まったく……セフィロスとも連絡が取れないし」
「何があったんだ?」
「べつに。なんか、資料室に閉じこもって昔のこと調べてるってさ」

アンジールは軽くルカに視線を送るが、彼女は瞬き一つ返すだけ。だが意図は十分に伝わったらしい。
ザックスからすればセフィロスに邪険にされたことを不服に思っているだろう。
不器用な英雄の気遣いを感じ取ったアンジールが小さく笑い、ルカ達に背を向けて大きく翼をはためかせる。

「おい!もう行くつもりか?意味分かんないって!」
「ジェネシスとホランダーがモデオヘイムにいる」

突然伝えられた言葉に驚愕し、ルカとザックスは互いに顔を見合わせた。

「モデオヘイム、ね」
「……それを教えに来たのか?仕事……してるんだな」
「気持ちだけはまだソルジャーだからな。ラザードにも伝えておいた。迎えが来るはずだ」

アンジールはそう告げて軽やかに飛び立ってしまう。残された二人は、鉄の空の遥か遠くに消えた男を見つめていた。
アンジールもザックス達同様、モデオヘイムに向かうのだろう。
「己の力で」といえば聞こえはいいが、ヘリも船も使えない今――呪いにも似た翼を使う他ない。

(ううん、考えても仕方ない)

ルカは自身の考えを払うように、首を振る。飛ぶのはいいと彼も言っていたのだから…、と自分に言い聞かせていた。
ザックスと他愛もない雑談をしながら教会前に辿り着くと、こちらに近寄る足音にルカが振り返る。
先に居たのは、黒服のタークス・ツォンだった。アンジールの言葉通り、迎えに来たのだろう。

「ルカ、ザックス、モデオヘイムで仕事だ」
「わかってる、ちょっと待っててくれ」
「――エアリスはいない」

これからの行動を見透かされ、ザックスは怪訝な表情を浮かべる。

「エアリスとはどういう関係?」
「複雑な関係だ」

彼女は古代種故に安全のため、あるいは保護という名目で日常的に監視されているのだろう。
ルカも詳細は知らないが、エアリスが神羅に対して良い印象を抱いていないことは確かだ。
ザックスの気持ちを逆撫でるように、迎えのヘリコプターが騒音と共に現れ、風を舞い上がらせた。

「彼女とからはなにも?」
「なーんにも」
「ならば私からもなにも」

手短にやりとりを終えたツォンは踵を返し、ヘリコプターへ乗り込む準備をする。そして、何一つ納得出来ないまま不機嫌そうに唇をへの字に結ぶザックス。

「エアリスは無事だと思うから…。とりあえず、モデオヘイムに行ってみましょう」
「…ルカもなんか、知ってんの?」

蚊帳の外に追いやられたザックスからすれば、機嫌を損ねるのは当然のことだ。ルカとしても真意を伝えたいのは山々だった。

「エアリスがそれを望むか、わからない。卑怯な言い方でごめんね」
「それは…、」
「あたしもエアリスに直接言ってないもの。自分がソルジャーだって」

1ST故に許された私服での勤務、前例のない女性ソルジャー。
エアリスとて、ルカの戦闘能力の高さやタークスとの関わりから「神羅の人間」であることは察しているだろう。
けれどエアリスは何も問いただすことはない。自分に対してひとりの人間として付き合ってくれる。とはいえ、いずれ自分の口から伝えねばならないだろう。

(考えてみれば、ミッドガルに来てから関わりを持った人間は大抵神羅関係者だったわ)

幼馴染達がソルジャーであったことも大きな要因だろう。母親の消息を知るために故郷を飛び出し、神羅関係者と関係を持ちたかったのは確かだが…。

「それにあたしは…」
「"それに"?」

ザックス、あなたにも伝えていないことがある。
あたしもアンジールやジェネシスと同じように、プロジェクトに関係する人間なんだよ。
――想いを口にすることは出来ず、ルカは首を横に振った。

「……ふ〜〜〜ん!ま、いいんですけどね」

言葉とは裏腹に、何一つ納得しないまま不機嫌そうに声を出したザックス。
ルカは彼を宥めるように軽く腕に触れ、ヘリコプターに乗り込んだ。


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