「あー、腹減ったよぅ」
「もう9時近くだものね…」

討伐任務を終えて、ミッドガルに到着した頃には夜も更けていた。ラザード統括への報告はひとまずメールで済ませ、二人は空腹を訴える胃袋をさする。
間を置くこともなくルカの携帯は新着メールを受信していたようだ。開封すると至ってシンプルな文面が目に飛び込んでくる。


【しばらく神羅ビルに泊まり込む。すまない】


ルカは恋人からのメールを読み、労りの言葉を添えて返信する。予想はしていたが、資料室での調査は長期戦になるかもしれない。
彼はソルジャーの中でも体力と集中力が逸脱しているものだから、放置すれば一週間は休眠しないだろう。ひとまず明日の朝には顔を出しに行ったほうがよさそうだ。

「ザックス、よければ一緒に夜ご飯食べに行かない?」
「行く!どの店にする?」
「んー、あたしのお気に入りの店でよければ案内するわ」
「おっけ!」

ザックスは二つ返事で頷き、賑やかな繁華街の方向へ向かう。辿り着いた場所は上流階級御用達で有名なビルだったが、どうやら全席個室らしい。テーブルマナーに疎いザックスにはありがたい話だった。
案内された席で開いたメニュー表には、若い男性が好むボリュームたっぷりのメニューも印字されている。二人は手早く注文を終えて、窓から見えるミッドガルを眺めていた。

「ルカはこういうお店によく行くの?」
「たまにね。別のフロアだけど、シスネともランチしたことがあったわ」

神羅の関係者と気兼ねなく話したいときは、個室を利用した方が安全だ。世界情勢に関する話やきな臭い噂話、それから――上層部への悪口など。

「ふうん…」

ザックスから吐き出された言葉は何処か棘があり、不機嫌そうだった。料理より先に飲み物が運び込まれ、ひとまず乾杯したもののザックスの表情は変わらず拗ねたままだ。

「ルカってタークスとも知り合いだよな」
「ええ」
「……なんかさ、バノーラの件もそうだったけど、俺だけ何も知らないことが多い気がする」
「ザックス…?」
「――ルカもセフィロスと付き合ってること、俺に全然言ってくれないし」

別段やましい気持ちもないし隠しているわけではなかったが、ルカは驚愕に肩を跳ねらせる。
ザックスは悔しさを噛みしめたような表情を浮かべている。互いに信頼できる仲間であるはずなのに、一人だけ除け者にされたような気分を味わっているのだろう。言い訳や理由を並べ立てても彼には通用し無さそうだ。

「…黙ってて悪かったわ。ごめんなさい」
「ん…」

陰鬱な沈黙が広がる。どう語り掛けるべきか悩んでいると、ザックスは飲んでいたコーラを置いて静かに口を開いた。


「俺…ルカのことをもっと知りたいよ」


真っすぐで、ひたむきな眼差し。
注がれる情熱にルカは小さく頷いた。
――口説き文句と受け取られなかったのは、良かったのやら悪かったのやら。

「あたしがミッドガルに来たのは、行方不明の母親を探すためだったの」

ルカはぽつりぽつりと過去を語り始める。
ある日突然行方を眩ませた母親のこと。
母親を探しに森へ迷い込み、魔晄の湖に転落したこと。
運良く身体と魔晄の相性が合致し、ソルジャーと同等の身体能力を得たこと。

「そっか、だから訓練してないのにソルジャーになれたんだな」

――だが今思えば、ルカ自身がプロジェクトの実験によって作り出された「モンスター」故に、魔晄の湖に落ちても無事だったのかもしれない。むしろ大量の魔晄に触れた事によって、隠されていた能力が覚醒したのではないだろうか?
根拠の無い仮説ではあるが、どうにも真実じみていて嫌悪感が滲む。
立ち込めた暗雲を振り払うように、ルカは口を開いた。

「一応1ST昇進時と同等の試験は受けたのよ。それが"あの日"だったの」
「あの日?」
「ほら、雨が降っていた日。ザックスと初めて会った日よ」
「あ…!」

また会えるから、と再会を予言していたルカの行動にようやく合点がいく。
薄暗い雨の中でも輝いていた青い髪。不思議な色に染まった瞳。
大人にも少女にも見えた彼女の横顔。
思い起こされる初恋の瞬間に、ザックスの指先はむず痒さを感じた。淡い幸福を噛みしめつつ、ザックスは次の質問を躊躇いがちに問いかける。

「その、セフィロスと出会ったのは?」
「ミッドガルに来て二ヶ月位たったころかな。引越祝いを兼ねて、幼馴染三人でご飯を食べることになってね」

食事会のサプライズゲストがセフィロスだったらしい。確かに一般人からすれば会う機会なぞ無い、幻ともいえる存在だろう。
初めて会う英雄にルカは緊張しっぱなしだった。緊張を紛らわすために大量の酒を飲んでしまい、気が付いたらアンジールの家で介抱されていたこと。そのうえ食事会での記憶も綺麗さっぱりなくしており、男三人曰く「延々と笑い続けていたが、突然セフィロスに抱き着いて寝落ちした」らしい。
せっかく来てもらった客人、おまけに初対面の男に迷惑をかけっぱなしで、当時のルカは随分落ち込んだようだ。しかしその後も四人でよく食事をしたり、遊びに出かけたりと交流を深めていったらしい。

「あはは、思い出したらなんだか笑えてきちゃった」

笑い上戸なのか、子どものような無邪気な笑顔を浮かべる。ルカの身体にアルコールが程よく回り、楽しく幸せな記憶に浸り始めたせいか随分饒舌だった。
思い出話に出てくる彼らは、みんなが憧れる完璧なソルジャー像からかけ離れ、「人間味」に溢れている。どこにでもいる普通の青年そのものだ。
赤っ恥な失敗、今じゃ想像できないようなドジもたくさんした。
ザックスもルカもひとしきり笑い、次々に運び込まれる料理に舌鼓を打つ。
ルカは片手に持ったイエロー・パロットを時間をかけて飲み干すと、唇から小さな吐息を零した。

「すごく楽しかったわ…」

綺麗な微笑みを浮かべたまま、柔く甘い声を零し――ほろりと涙が頬を伝う。


「……本当に…、楽しかった……」


ぽろぽろと、真珠の涙が止めどなく溢れ、彼女の頬を濡らした。
あまりに儚く、消えてしまいそうだった。
二人の間を隔てるテーブルさえなければ、沸きあがる衝動の侭抱き締めてしまいたかった。
ザックスは溢れる庇護欲と切なさをこらえるべく、ポケットに入っているであろうハンカチを探す。

「――…また、ハンカチ持ってなかった」

ポケットを力無く叩き、ぽつりと呟いたザックスの言葉にルカは思わず微笑みを浮かべた。

「いいの。話を聞いてくれてありがとう」

流れる涙を拭い、目を赤くしたルカは何処か煽情的だった。一方でけして手の届かない存在であった。
――何事もなく過ごした夜は歯痒く、甘く愛しく、艶やかな街のネオンよりも眩しい時間だった。







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