「…宝条博士?」

予想外の人物の名に、ルカのペールグリーンの瞳が疑わし気に細められる。
汗を拭い、喉を鳴らしてポーションを飲み干したザックスは、彼女に向かって強く頷いた。

「そ。この間ジェネシスが科学部門に来ただろ。あの時、宝条が変なことばっかり言っててさ」
「具体的には?」
「えーと古代種とか、空から来た未知の生命体とか…LOVELESSがどうとか…」
「古代種…」

ホランダー失踪後、科学部門統括の座を巡って争いがあったことはラザード統括からも聞き及んでいる。
――宝条がトップの座に君臨したのは、魔晄を利用した肉体強化における実験がきっかけだ。ジェネシス・コピー達が作り出されていたポッドの様相は、ソルジャーの適性試験…つまりはソルジャーを生み出す「実験」と酷似している。ツォンもかつて口にしていたが、コピーに成り得るのはモンスターとソルジャーだ。

(宝条博士も、プロジェクト・Gと関係があったのかしら)

ルカは手に持っていたポーションを握りしめ――銀髪の恋人のことを思う。
神羅ビル襲撃後、セフィロスはプロジェクトや過去の科学部門に関する情報収集にあたっている。何日も資料室に籠り、電子端末は勿論のこと、紙媒体の資料まで読み込んで調査を進めていることだろう。
ルカは一考した後、トレーニングルームに寝転がるザックスに向けて口を開いた。

「ザックス、今日の訓練はとりあえず終了。あとは明日の昼までに未提出の報告書を仕上げておいて」
「え!?」
「締切はとっくに過ぎてるからね。これ以上遅れるなら減給よ」

ルカはさらりと爆弾発言を投下し、悲鳴を上げるザックスを置いてトレーニングルームを去る。
先日、研究所の一部が破壊されたと聞いている。ジェネシスの魔法か召喚獣との戦闘が原因だろう、復旧に時間を要するらしく宝条を含めた科学部門のメンバーは別階のラボに移動しているようだ。
聞いていたラボは、ルカ自身あまり踏み入れたことのないエリアであったものの、白衣を纏った研究員達の姿で確信を得る。彼らは一様にして陰鬱な表情を浮かべ、機材を運んでいた。
肉体労働とは縁のない生活を送っているせいだろう。この調子では機材を運び終えると同時に、研究所の修理が終わりそうだ。

「すみません、宝条博士はどちらに?」

ルカの問いかけに、彼らは返事もなくただ顎でしゃくって、廊下の突き当りを示す。道の途中には段ボールが乱雑に積まれているが、その奥に彼はいるらしい。
狭い廊下を進んでいくと、電子機器類や大小様々なモニターが壁一面に設置された部屋に辿り着いた。部屋の照明は消されているらしく、モニターの明かりだけが煌々と光っている。

「――おや、珍しい客だな」

ルカが口を開くよりも先に、宝条が言葉を投げかける。
同じ研究者とはいえ、ホランダーとは対照的な痩身かつ猫背。妙に癇に障る声音。肌は日に当たらないせいか青白く、窪んだ眼は淵が黄ばみ――兎にも角にも好印象を与えない男であった。余りよろしくない噂が立つのも無理はないと感じてしまう。
こほんと咳ばらいをし、ルカは一礼する。

「初めまして、宝条博士。ソルジャークラス1STのルカ・アストルムと申します。お忙しいところ恐れ入りますがお尋ねしたいことがありまして…」
「手短に頼むよ」
「…では単刀直入に申し上げます。博士はかつてホランダーやプロジェクト・Gとの関わりがございましたか」
「無いな。あの二流科学者が勝手に敵視してきただけだ、私自身あいつと関わる気など毛頭ない」

宝条がはっきり意見を述べるものだから、ルカは少々拍子抜けした。誤魔化すような素振りや口籠ることがあれば、問い詰めることも出来ただろう。だが嘘をついている素振りは一切ない。
他の質問を投げかけるべきかと僅かに逡巡すると、間の悪いことにルカの携帯がメールの着信を告げた。
ラザード統括から緊急司令――モンスター討伐の任務が入ってしまったようだ。同行者はザックス、そして余程急を要するのか出発は十五分後だった。

「ええと、貴重なお時間ありがとうございました。失礼いたします」

慌ただしく場を後にしたルカに、宝条は無感情の視線を向ける。彼女の姿が完全に見えなくなった頃、仄暗い部屋の中、男は口元に歪んだ弧を描いた。

「ああ、勿論関係無いとも。プロジェクト・Gとは、な」

宝条は手元にあるマウスを動かし、モニターに映し出された記号の羅列にカーソルを合わせる。

「…やれやれ、手助けしてやるとしよう」

より一層興味深い光景が見られることになるかもしれない。
かの英雄と青髪の女。そして出来損ないのモンスター共が、悲劇の舞台で面白おかしく演じてくれることだろう。
宝条は薄汚れた好奇心を瞳に宿す。
骨ばった指を愉快そうに躍らせて、キーボードを打ち鳴らし続けていた。










ミッドガルの南東、ミスリルマインと呼ばれる鉱山の麓には巨大な湿地帯が広がっている。湿地帯にはミドガルズオルムと呼ばれる巨大な蛇が生息しているのだが、どうやら今年は大量発生したらしい。

「こりゃ、1ST二人を呼びたくなるのも無理ないな」

ザックスはヘリコプターの窓から広大な湿地帯を眺める。
――湿地帯に溢れかえる大小様々な大きさの蛇。見る者によっては眩暈がしかねないほど、異様な光景だった。
大量発生した原因は不明だが、蛇達は獲物を求めてチョコボファーム近辺にまで出現しているようだ。チョコボは勿論、近隣に住む人々の安全にも危険をもたらしかねない。

「ルカ、セフィロスは呼ばなくていいのか?」
「…まあ、大丈夫だと思うわ」

ザックスはセフィロスが資料室に籠っていることを知らない。というよりは「言うと邪魔しにくるだろうから黙っておけ」とセフィロスに跳ね除けられてしまったのだ。
曖昧な返事をするルカを、ザックスは不思議そうに見つめていた。

「さ、始めるわよ!」

ルカは苦笑を浮かべつつ、任務開始の号令をかける。彼らはヘリコプターの扉を開き、夕焼けに染まる湿地帯を眺めながら、華麗にミドガルズオルムの群れへ飛び込んでいった。


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