闘争はそう長くはかからなかった。しかしながら度重なる襲撃により神羅ビル内はガラスの破片や銃弾の後、敵か味方かも判別つかない血痕がこびり付いている。倒壊を免れたことは救いといえるだろう。 コピー達の死体、自立歩行型の兵器の残骸。以前と異なるのは、実戦経験の少ない若い一般兵まで駆り出されていたことだ。 憔悴しきった面で壁にもたれかかっている者。 膝を抱え、震えてすすり泣く者。 流血と骨折により痛みに呻く者。 ルカは悲嘆に暮れる軽傷者の合間を縫うようにして、重傷を負った兵士を優先的に治療していた。
「あ、ぁああ、おれのあし、が」 「大丈夫、ちゃんと治るから…」
ふと無意識に呟いた言葉に、何の信ぴょう性もないことをルカは恥じいる。 彼女の前に横たわる少年は、破壊されて倒れてきた兵器に足を挟まれたのだろう。肉は抉れ、骨が見えている。己の肉体の惨状に絶望し、半ば発狂している少年を床に抑えつけながら、回復魔法を施していた。 強引な方法であることは百も承知だったが、今は一刻を争う事態だ。とはいえルカの胸の内は晴れることはない。
「いたい、よぉ、おれ、こんな、目に、あうために、」
こんな目に遭うために神羅に入ったんじゃない。 ――夢を砕かれた少年の言葉は、悲鳴と慟哭となって響き渡る。啜り泣きの声は徐々に増大し、小さな悲鳴があちらこちらで漏れ始めた。 補助魔法のマテリアを持ってくるんだった、とルカは奥歯を噛みしめる。 せめて全員眠らせてから処置をすればよかった。この状況は幸運にも生き残った兵士たちにとっても毒だ。壊れてしまった精神は二度と治ることはないのだから。
(…惨すぎるよ、ジェネシス)
まだ何も知らない、ソルジャーに純粋な憧憬を抱く少年達を悲惨な目に遭わせなくてもいいじゃないか。 ルカが焦りを感じ始めたころ、ようやく治療班が到着した。負傷し、パニック状態になりつつある兵士達に催眠剤と鎮痛剤を投与し始める。ルカは肩の力を抜き、小さく溜息をつくと治療部隊の責任者とみられる男性が敬礼をした。
「ソルジャークラス1ST、ミス・アストルム。この度は負傷者の救助活動にあたっていただき、何と御礼を申し上げればよいか…」 「いえ、とんでもないです。重傷者については応急処置をしましたが、まだ怪我している子はたくさんいますから」
ルカは改めて自身が留まっているエントランスをぐるりと見渡した。 今の組織はソルジャーは勿論のこと、警備にあたる人員まで不足している状況だ。うら若き少年達は今後もこのような場面に遭遇するのだろう。 そしてこれでも被害は少ない方だということを彼らはまだ知らない。 ひとまずこの場は治療班に任せてよさそうだ。手際よく負傷者を運ぶ彼らをぼんやりと眺めていると、ルカの瞳は一人の少年の姿をとらえた。 硝煙が混じる空間の中でただ一人、気丈にも立っている少年だ。彼は恐々と自身が身に着けていたヘルメットを取り外し、なおも変わらぬ惨状に小さく戦慄く。 戦闘で噴き出した汗のせいか、見事な金髪はどこか力無く萎れている。だが彼の大きな瞳は現状に抗うように光を失ってはいなかった。
「、あの子は、」
――どこかで見たことがある気がする。 思わずルカは言葉を漏らし、彼のもとへと歩み寄った。少年も、青い髪を靡かせて向かってくるルカの存在に気が付いたらしい。慌ててぎこちない敬礼をし、緊張に体を強張らせた。
「君はケガしてないかな?大丈夫?」 「はい!問題ありません!」 「そっか。無事で何よりね」
見栄でもなく、少年の体には傷が見当たらなかった。新品だったと思われる制服や白い四肢は、機械のオイルや泥やらで汚れてしまっているだけで済んでいる。 子どもっぽさの抜けない愛らしい面によらず、戦闘のセンスがあるのかもしれない。 感心しているルカに向け、彼は遠慮がちに「あの…」と声をかけてきた。
「初めてお会いした時も、ケガをしてないかと声をかけていただきましたよね」 「!、あ…」
『ももももっ申し訳ありませんっ!』 『こちらこそごめんなさい。ケガしてない?』 『だ、大丈夫です!』
『あたしもここのビルに来たばかりなの。何処に何があるのか分かりにくいよね』 『そうですね…。俺も、こちらに配属されて二日しか経っていないので…』
かつて神羅ビルの廊下で遭遇した少年。配属されたばかりなのに雑用を押し付けられ、ルカとぶつかった弾みで抱えていた書類をばらまいてしまったあの子だ。 ルカの中で記憶のパズルがぴたりと嵌り、納得したように小さく頷いた。
「もう神羅ビルの配置は覚えたかな?」 「はい、もう迷うことはありません」 「いいなあ、あたしは未だに迷っちゃうときがあるのよ。…えっと、」
少年は肩の力を抜き、瞳を柔く細めた。
「――クラウド・ストライフです」
There is always light behind the clouds.14
軍事基地・ジュノンの象徴である巨大な砲台は見事な夕陽に照らされている。さざ波の音は優しく耳を撫で、少々冷えた海風が非日常的な心地よさをもたらしてくれることだろう。 だがあろうことか、その砲台の上ではソルジャー同士の苛烈な戦闘が勃発していた。 通常ならば在りえない光景、つまりは紛い物。ここはトレーニングルームが生み出した訓練場所のひとつであった。
「もう限界かしら?」
女の優美な声が青年・ザックスへ向けられる。 剣を構える彼の顔には汗が滴り、逞しい腕には新しい傷が出来ている。以前とは比較にならない程凄まじい訓練に、ザックスの背は粟立つ感覚に襲われ――それでいて胸の内は熱く燃え滾っていた。
「いいや、まだだっ!」
ザックスは口の端を悪戯っぽくあげ、彼女に向かって駆け出す。 彼の瞳に移されるのは、自身とは対照的に、汗一つかかず剣を構える青髪の女性。夕陽の赤とのコントラストがあまりにも鮮やかで眩しく、眩暈がするほど美しい。 叶わない恋に想いを募らせると、風景さえ涙を誘ってしまうのだろう。 本当は、握りしめているロングソードを放って彼女を抱き締めてしまいたい。 ほんの一瞬でいいから、彼女のすべてを独占してしまいたい。 今はただ。 愛の代わりに、斬撃を繰り返すのみだ。
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