静謐の中、故郷の夜空を彷彿させる光景がルカの視界を覆い尽くす。
儚い涙のような星屑を瞬かせ、彼女の足元には魂達の帯…ライフストリームが声無き歌を奏でていた。
数多の精神が混ざり合い、共鳴しながら星を巡り続けている存在。美しい生でありながら死を彷彿させるそれらは寂寥感を誘うのだ。


『古代種…それは約束の地へ導く者。星の声を聴き、星と共に生命を育んできたの』
『こだいしゅ…?ほしのこえ、ってなあに?』
『うーん…ルカにはまだ難しいかもしれないね。…でもいつか、あなたにも分かる日が来るよ』



ルカは人知れず苦し気な溜息をついた。耳の奥で響く優しい声に、涙が滲む。
不思議な浮遊感に包まれながら、ルカはどこからか光を帯びて現れた人物を見つめる。
その存在は哀惜を纏うルカに向けて、懐かしい微笑みを浮かべた。


「…お母さん…」


ねえお母さん。
あたしもプロジェクト・Gによって生まれた子どもなの?
どうして自分の子どもを実験に使おうと思ったの?

「どうして…あたしを置いていったの」

失敗作の子どもを嫌悪したから?モンスターになりうる存在を恐れたから?
だがルカの問いかけに母・ソラリスは答えることなく、瞳を柔和に細めるだけだ。姿だけが映し出されているだけでルカの言葉は届いていないのだろう。これでは言葉はおろか、気持ちを交わす事さえ不可能なのだ。


――ねえお母さん。
あたしがもっといい子だったら…傍にいてくれた?










There is always light behind the clouds.13










「もしも〜し!」

はつらつとした声が意識を呼び覚ます。瞼越しに感じる日光に眉をしかめつつ、ザックスは恐る恐る目を開けた。目が慣れていないせいか、真っ白に輝いているように見える空間にはどうにも現実味が欠けている。

「…天国?」
「残念、スラムの教会」

ザックスは頭上から飛んできた少女の声の方向に視線を向け、鈍く痛む上半身をゆるゆると起こそうとする。だが不意に自分の胸元や肩に何かが触れている感覚に違和感を覚え、ザックスは反射的に右隣を見やった。そこには目を瞑り、苦しげに眉根を寄せる女性が横たわっている。

「ッ!ルカ!」

狼狽したザックスの声が教会に響く。美麗な青い髪を乱し、小さな呻き声を漏らす彼女――ルカは恐らくザックスを抱擁しながら落下したのだろう。少しでも彼に伝わる衝撃を抑えたかったのだと見受けられる。ザックスは己の不甲斐なさに情けなくなりつつも、彼女の身体に異常がないか視線を彷徨わせた。
慌てふためいている彼を宥めるよう、少女はそっと囁きかける。

「だいじょぶ。気、失ってるだけ。これ、使ったから」

少女は中身がカラになったポーションを差し出した。幸いルカも負傷していなかったようだが、念のため使ってくれたらしい。ザックスは安堵と感謝の思いに満たされつつ、改めて自分に声を掛けてきた存在を見つめ返す。
栗色の柔い髪、白を基調としたワンピースが妙に眩しく映る。年頃の少女は愛らしい笑みを浮かべつつ、小首を傾げた。
透き通る翡翠色の瞳は淡い虹色の光彩を帯びており、不思議と惹きつけられる。

「天使?」
「私、エアリス。君達、降ってきたの。びっくり」
「あんたが助けてくれたんだ」
「別に〜」

もしも〜しって言ってただけ、と少々照れたように呟きながらそっぽを向いてしまう。エアリスの少女らしい動作にザックスが破顔した。
すると隣に横たわる女が覚醒を促すように身じろぎする。エアリスとザックスは安堵と共にルカの顔を覗き込んだ。

「う…ん…」
「お!目ぇ覚めたな」

ぽや、と焦点の定まらない目のまま、ルカはうっすらと唇を開く。ザックス同様彼女の視界には白い光が差し込んでいる事だろう。

「…天国、」
「ふたりとも、同じこと、言うんだね」

魔晄色の瞳が一度伏せられ、やがて弾かれたようにルカは上体を起こした。無事であるザックスの様子、そして屈託の無い笑みをたたえているエアリスの姿を捉える。

「エアリス!どうしてここに…」
「うーん…私がいつもいる場所、だからかな?」

はっと我に返り、ルカは辺りを見渡した。先程から目まぐるしく状況が変化していたが、幸いルカには現在の場所が瞬時に理解できたらしい。

「あたし達、スラムに落ちてきちゃったのね」
「うん、そうみたいだ」
「…奇跡みたいだわ」

空から遠ざかったというのに、ここはまるで天の国だ。澱みの無い空気の中に神聖な花の香りが漂い、ひりひりと痛む心を優しく撫でてくれる。ルカは眩し気に目を細めて微かに口角を上げる。笑みにも泣き顔にも見えるその表情に、ザックスの胸の奥が柔く震えた。
微かに滲む憂いを振り払うよう、ルカはエアリスへと向き直り立ち上がる。

「驚かせてごめんね、エアリス」
「ううん、だいじょぶ。ルカも、だいじょぶ?」
「平気よ。これでも結構頑丈な方なの」
「…あれ?ふたりは知り合いなのか?」

朗らかに笑う女性二人にザックスは大きな瞳を瞬かせた。既知の仲であるエアリス、そして以前出会ったタークスのシスネ。経緯を知らぬ彼からすればルカは随分と顔が広いように感じられるだろう。

「前、ルカが助けてくれたの。えっと…」
「あ、俺、ザックス!本当にありがとう、エアリス。なんかお礼しなくちゃな」
「いいよいいよ」
「そうはいかない。な、ルカ?」

同意を求めてきた彼に対してルカも頷き返した。ザックスは腕を組んで考えあぐねていたが、名案が浮かんだのかぱっと顔を輝かせてエアリスに向き直る。

「な、デート一回ってのは?」
「……それ、ザックスが得するだけじゃない?」
「え!?いや、その…」

呆れ顔のルカに痛いところを突かれ、ザックスは慌てふためいた。彼らの様子を見ていたエアリスは思わず噴き出し、教会には明るい笑い声が響き渡る。


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