刃の交わる音が耳を掠め、無理を強いながらも足を動かすと見知った男が奮戦している光景が飛び込んでくる。コピーだけでなく自動歩行型の兵器も続々と姿を現し、男を――ザックスを追い詰めていく。ルカの後方からも武器を構えたジェネシス・コピーが距離を縮めてきた。
彼らにとってこちらの精神状態なぞ知ったことではないらしい。好き勝手な奴らだ。
ルカは思わず乾いた笑いを零した。嫌な汗をかきすぎて少々頭が冷えたのかもしれない。

「!、ルカ!」
「一気に片付けるわよ」

胸元に残る吐き気を抱えながらもルカは剣を構えてコピー達と対峙する。ルカとザックスが合流したフロアがコピー達の亡骸と機械の残骸で埋まる頃、彼らはようやく剣を下ろして顔を見合わせた。

「ルカ、大丈夫か?顔色悪いけど…」
「ん…何でもないわ。それよりホランダーを追ってたんでしょ?早く行きましょう」
「お、おう」

深く言及されることを避けるよう、ルカはザックスを急かしながら駆けていく。実際先程よりも体調は回復していたし、戦闘によって余計なことを考えずに体を動かしていた方が良いのかもしれない。
T字路を三度曲がった頃、ひいひいと日頃の運動不足を呪う様な、情けない息切れの音が近くなっていく。案の定重たそうな腹を揺らし、逃亡生活のせいか薄汚れた白衣を纏うホランダーを視界に捉えることが出来た。

「…そろそろ観念してほしいんだけど」

少々荒っぽいと思いつつもルカはホランダーの足元目掛けてブリザドを放った。突然の攻撃に悲鳴を上げ、逃亡者は無様に足を縺れさせて床に倒れこんでしまう。ようやく無意味な追いかけっこが終わったようだ。
ホランダーは慌てて身を捩り、大股で近づいてくるザックスに向けて恐怖の色を浮かべる。

「あんた、自分がやってること、わかってるのか!?」
「っ、ザックス、待って!」

ルカが声を掛けたのと同時に、物陰から現れた大剣がザックスの道を阻んだ。剣の持ち主はとうにわかっている。それゆえにルカ達は失望を抱かずにはいられなかった。

「ホランダーの言いなりか…何がしたいんだよ!」
「世界征服」
「そんなのちっとも面白くないわ」
「では、復讐か」
「誰に」

アンジールは背を向ける。咎めるよう彼の名を呼んだザックスの声は、百合の花弁と見紛う白い羽によって遮られてしまった。
ジェネシスと対になる「白」の片翼が生えたアンジールの姿。愕然とし、言葉を失っているルカ達に向けて悲壮めいた眼差しが注がれた。

「俺はモンスターになってしまった。モンスターの目的など復讐か世界征服くらいしか思いつかん」
「ちがう――翼はモンスターの証じゃない」
「では、これは何だ?」

ザックスは舞い散る羽を一枚手に取り、真摯な眼差しで訴えかける。

「天使の翼」

嘲笑も軽蔑も批難すらも無い、真っ直ぐな言葉と信頼。うら若きザックスには分からないことだろうが――穢れぬ純粋さ程、己を呪うアンジールを酷く傷つけるものなのだ。

「なるほど、ならば天使はどんな目的を持てばいいんだ?俺はどんな夢を見ればいいんだ!?」

バスターソードを床に突き刺し、ルカとザックスへと詰め寄っていく。

「天使の夢はひとつだけ」
「教えてくれ」
「――…"人間になりたい"」

言葉を発する間もなくザックスの腹部にアンジールの拳が振るわれる。ルカは反射的にザックスへと腕を伸ばし、彼の身体に響いた衝撃を相殺するよう、彼を半ば抱え込むようにして吹き飛ばされた。突然の事に受け身を取ることも出来ず、二人は床に叩きつけられてしまう。しかし彼らはなお身を起こして翼の生えた友を見つめ返す。
ルカは夢への同心を込めて、ザックスはいつもと同じ無邪気な明るさを灯して。

「戦え!」

憤怒と同量の悲痛を抱え込んだ、アンジールの声が響き渡る。だがルカは寂しげな笑みを浮かべ、首を横に振って拒否した。

「アンジール、あなたもよ」
「何…?」
「あなたも戦わなくちゃ。人間として、生きていきたいのなら」

微かな呻き声と共にアンジールは拳に魔力を集中させ、床へと叩きつける。魔法は目では追えぬほど高速かつ凄まじい波動となって地を這い、ルカ達の元で爆発を起こした。

「うわっ!」
「きゃ…っ!」

運悪く彼女たちの足元は、魔晄炉の通気口も兼ねた網目状の床だった。耐久度の低いそれはいとも容易く破壊され、悲鳴と共に明かりの無い地下へと彼らは落下していく。

「…」

攻撃を仕掛けた当人であるアンジールが、姿を消した友人達を追うことはない。だが無性に顔を覆いたい衝動に駆られ、喉から苦し気な息を漏らしながらその場に蹲る。
「夢を持て」と言ったのは自分だ。その言葉は彼の信念そのものでもある。

(「人間として生きていきたいのなら」…か)

だが「永久に叶わぬ夢」を抱くことがこんなにも苦しいとは。想像を絶する失望感に苛まれることになるとは思いもしなかった。
固く瞑った瞳には何も映らないはずなのに、大切な人々の優しい笑顔ばかりが浮かび、ただひたすらに彼を痛めつけていた。









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