ルカはソルジャー司令室にてラザード統括から渡された調査報告書を目に通す。内容は逃亡した神羅の科学者・ホランダーの経歴についてだ。
20年以上前の話になるが科学部門統括の座を巡って、きな臭い争い事を起こしたらしい。どういった内容かは書かれていないが結果としてホランダーは敗れてしまったようだ。相手は現在も科学部門に君臨している人物・宝条である。彼が「ソルジャーの創り方」――魔晄を利用し、肉体強化の技術を確立させたとも言われている。だが非人道的な実験や研究に没頭している噂も度々耳にしていた。

「ホランダーはトップ争いに負け、長い間復讐の機会を狙っていたのでしょうか」
「そう考えてよさそうだね。だが私やセフィロスが気になったのは、ホランダーが盗んだ極秘資料なんだ」
「極秘資料?」

ラザード統括の言葉に促されてルカが報告書をめくると、盗まれた極秘資料の一覧が掲載されている。
項目は『プロジェクト・G』、『劣化現象』、『古代種』の3つ。ルカもセフィロスも、古代種以外は全く聞き覚えのない言葉であった。持ち出し禁止の極秘資料と言われる所以もあってか複製も作成されていないようだ。原本を押収しなければ彼らの目的もまた不明確なままだろう。
――ホランダーが今回の事件に関わっていると聞いた時、てっきりジェネシスが彼をそそのかしたのかと考えていた。
だが、ひょっとすると逆なのだろうか?神羅への復讐の機会を狙っていたホランダー。彼から治療を受けたジェネシスが何らかの理由で今回の暴動への加担をしたのだろうか。

「原本を押収しない限り、彼らの目的は分からないままだろうね。…おや、来たか」

ルカが資料を閉じて顔を上げると、黒髪の子犬が大股で司令室に向かってきた。ルカと視線が合うとザックスはいつものように明るく微笑んでくれる。バノーラの一件で彼らの距離は一層縮まり、信頼と絆を強めていったのは明白だ。彼女もまた微笑み返すと自然と和やかな空気が辺りを包み込む。
――ただひとり。妙に不貞腐れたような表情を浮かべる、英雄を除いてだが。










There is always light behind the clouds.10










「おめでとう、君は本日付けでソルジャークラス1STに昇格だ」

ラザード統括から告げられた突然の通達にザックスは呆気にとられたようだ。大きな瞳を丸くして茫然と立ち尽くしている。
幼少期より憧憬を抱いていた輝かしい地位と栄光。その地位を任ぜられた日にはきっと身体が歓喜に震え、雄叫びすら上げてしまうのではないかと思っていた。
「あれ…」とザックスはぽつりと呟く。
せっかくソルジャークラス1STになったのに。英雄に並ぶその称号は誉れ高く何よりも誇らしいはずなのに。

「――…あんまりうれしくない」

ザックスの表情は晴々とは言い難いものであった。無垢な反応をラザード統括は責めることなく口元を物寂し気に下げ、ここ数ヶ月間の出来事を瞳の中で反芻させる。

「無理もない。いろいろなことがありすぎた」
「…、」
「ザックス、さっそくだが頼みたいことがある」

上司より依頼を持ちかけられた彼は濃い眉を吊り上げ、沈黙を守っていた英雄へと鋭く視線を送る。

「また俺に任務を押し付けるつもりか?」
「…、…悪かった」
「…いいけど」

やりとりを耳にしながらルカは苦い表情を浮かべるしかなかった。彼女は中立というべきか、両者の間に挟まれて身動きが出来ないでいる。ザックスの気持ちもセフィロスの気持ちも痛いほど理解しているが故だ。
部下達の間に流れる張り詰めた空気にラザードは瞑目しつつ、ザックスに一度退室を促した。1STの制服に着替えさせることもそうだが、一旦気持ちを切り替えさせた方が良いと考慮したようだ。
彼が姿を消した直後、ルカの携帯がメールの着信を告げる。



人事発令0103

下記の通り2名の殉職を通知する。


ソルジャー・クラス1ST アンジール

ソルジャー・クラス1ST ジェネシス



以上。




ルカは目に飛び込んできた文面を拒絶するようメールを削除する。それでも堪え切れない感情故に彼女は携帯を閉じて固く握りしめた。隣に佇むセフィロスに肩を抱かれながら俯き、溢れ出る衝動に必死に耐えるしかない。
1STの制服に身を包んだザックスが訪れるまで、冷えた沈黙と悲哀が司令室を包み込んでいた。


[*prev] [next#]
- ナノ -