運ばれてきたグラスを手に取ると、ライムジュースとスライスのお陰で瑞々しく爽やかな香りが鼻をくすぐる。薄いベージュ色に染まったジンジャーエールは炭酸が効いているのか程良く舌を刺激してくれそうだ。これにウォッカを足せばモスコミュールへと変身してくれるが、生憎今は昼間だ。そして「連れ」が成人になったら一緒に飲み明かしたいものだとルカは微笑みを浮かべる。
ルカの「連れ」は揃いのグラスを掲げながら、不思議そうに彼女に問いかけた。

「どうしたの、ひとりでニヤニヤして」
「んー…娘を持つ父親の気持ちってやつを噛みしめていたところ」
「もう何言ってんの。…さ、今日はお祝いよ。ソルジャー就任おめでとう、ルカ」
「ありがとう、シスネ」

乾杯、と二人はグラスを鳴らし、食前酒宜しく美味しそうに飲み始める。ランチタイムにしては随分手の凝った料理が次々と運び込まれ、ルカとシスネの目と舌を心行くまで楽しませてくれそうだ。
昨今の流行なのだろう。ウータイの食文化も取り入れているようで、小鉢にごま豆腐や野菜の天ぷらなども添えられている。和洋折衷のラインナップにお腹も心も満足だった。

「はー、シスネとランチなんて本当に久しぶりだわ。最近はソルジャーもタークスも休む暇がないよね、報告書も溜まってるし…」
「ルカ、今日は仕事の話はナシよ」
「あ、ごめんごめん」
「ふふ、今日は女同士の濃い話をしましょう?」

何処にでもいる「女二人」として取りとめのない話に花を咲かせている一方。
神羅ビルの食堂の一角では「男二人」が山盛りになった鳥の唐揚げと餃子20個、五目チャーハン大盛りと辛味噌ラーメンにチャーシュー五枚を乗せた高カロリーなメニューを貪っている。見ているだけで胸焼けがしそうだが、年若く、消費カロリーが並ではないソルジャーにとって平らげるのは何の苦もないだろう。否むしろ普段より少ないくらいだった。

「珍しいな、食欲ないのか?」
「ん…」

――こりゃ、何かあったな。
気の抜けた返事をした子犬・ザックスをまじまじと見つめているのは、友人のソルジャークラス2NDカンセルであった。
ザックスの視線は忙しなく個人用の携帯の画面に注がれている。カンセルからは見えないが、画面にはメールの文面が表示されており、送り主はルカからであった。
内容はバノーラ調査での慰労と社用携帯を預かっている旨の連絡。それに加えて今現在友人とランチに行っているらしく、美味しそうな料理と満面の笑みを浮かべたルカの姿が映された画像も添付されていた。

「かわいいなあ…」

ザックス自身、呟きが漏れていることに気が付いていないようだ。おまけに彼はせっかく映してくれた料理に目もくれない。むしろ「ルカは普段はこんな服を着ているのか、こういうアクセサリーが好きなのだろうか」と想像を膨らませながら蕩けた顔で画像を見つめていた。
しかしふと我に返る。
彼女が身に着けているアクセサリーが自分で購入したものではなく、恋人から――あの英雄から贈られたものだとしたら?
不穏な空気がザックスの胸の中で渦巻いた。

「………」

こいつ百面相だなあ、とカンセルは黙ったまま、向かいに座る友人を観察していた。
ザックスが情緒不安定になっている要因…「友人の勘」を頼りにするのなら恐らく色恋沙汰だろう。しかも相当重傷を負ったと窺える。イフリートから地獄の火炎を浴びせられようと、尻にタイキックを百発食らっても死にそうにない奴が、今にも昇天しそうな程死にかけた目をしているのだ。
どう切り出したらよいものか、とカンセルが考えているとザックスが先に口を開いた。

「カンセルさあ…ルカのことどう思う?」

ああ、惚れちゃったんだな。
そして失恋したんだな。
至極分かりやすいザックスの表情と言動に、すべてを察したカンセルは苦笑しつつも質問に答える。

「ミス・アストルムはすごい優秀な人だよな。初の女性ソルジャーだし、おまけに1STだし。この間俺の部隊で手合わせしてくれたんだけど、めちゃくちゃ強かったよ」
「へー…あとは?」
「美人だろ。まあ高嶺の花だけどさ」
「みんな思う事は同じなんだな…」

拗ねたように呟き、ザックスは伸びつつあるラーメンを啜り始める。単純に恋破れて嘆いているわけではなく、傷を負った場所は膿みつつあるのだろう。不貞腐れたザックスに向けてカンセルは額を小突いた。

「じゃあザックスはどう思ってんだ?"みんな"と同じように熱い視線を送るだけの男で居たいってことか?」
「!」

驚きに見開かれた瞳を瞬かせた後、覇気を失っていたザックスの表情にみるみる明るさが戻ってきた。同時に食欲も戻って来たらしく、がつがつと唐揚げも頬張り始める。
いつもの陽気さと共に、ザックスの内側で燻っていた炎が再び燃え上がってきたようだ。向かいに座っていたカンセルも食事を再開する。
――カンセルが食べようと思っていた餃子が、ザックスにすべて平らげられてしまっていることに気が付くのはその三秒後の事であった。






「はい。もうなくさないようにね」
「さんきゅ。預かってくれてありがと!」

翌日、普段通り出勤したルカはザックスに社用携帯を渡した。「お礼にスイーツ奢るよ!」と軽いノリを保ちつつルカとの接触を試みているようだ。一方「可愛い年下の好意」の裏に潜んだ強かさにルカは全く気が付いていないらしい。ザックスの言葉を素直に受け止め、新作のコンピニスイーツをお願いしていた。

「なあ、ルカ」
「ん?」

戦闘中に見せる怜悧な眼光。
故郷の無残さにうちのめされ、憂いを帯びた表情。
大人の女性らしい余裕と誇りを湛えた笑み。
警戒心の無い無邪気な仕草。
そして自分に向けてくれる信頼。
――俺はセフィロスにはなれないけれど。
でもこれから俺とルカにしか出来ない「素敵なこと」を作り出していけばいいじゃないか。


「俺、諦めないから。だから覚悟しててくれよな」


悪戯っぽく笑った子犬は、どことなく大人の色香を纏っていた。






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