ルカ達が執務室へ向かう中――ひとりのソルジャーが落ち着かない様子でエレベーターから降りてきた。

「くっそー携帯どこ置いたっけ…」

彼は忙しなく視線を彷徨わせながら、何度も確認した空っぽのポケットをもう一度叩いてみる。男は――脱兎の如くルカの前から姿を消したザックスであった。
ラザード統括の報告の時には確かに所持していたはずだと思い悩み、腕を組む。困り顔の彼が何となく視線を上げると、青い髪の同僚を発見した。その隣には暫く姿を見かけていなかった英雄が佇んでいる。

(ルカとセフィロスが一緒にいる)

アンジールとルカがジェネシスの幼馴染であったこと。そしてつい最近ソルジャークラス1STに任命されたルカがセフィロスと旧知の仲だったのも、バノーラの調査で初めて知った。
――ルカにとって幼馴染達はどのように映っていたのだろうか。ルカは何を思ってソルジャーに就任したのか。
いや、そんな堅苦しい事だけじゃない。彼女が好きな色、好きな食べ物、好きな動物、苦手なものや嫌いなものも…。

「…もっとルカのこと知ってみたいな」

人知れず呟いた一言にザックスはふわりと笑った。自然と舞いあがる気持ちに、全身から春の匂いが漂っているような錯覚すらしてしまう。
ザックスはしっかりとした足取りで彼らの元へと向かおうとする。
携帯紛失疑惑は、ある意味幸運だったかもしれない。セフィロスに面と向かって話しかけるには少しばかり気が引けるが、ルカに話しかける口実にはなるだろう――。
だがザックスは突然足を止めてしまった。
彼の視界に入ってきたのは――執務室の前にて、セフィロスがルカの額にキスを落とした光景だった。
セフィロスはルカに囁きかけて彼女の耳の輪郭に触れると、ルカは微かに首を傾けて広い胸に白い指を滑らせる。淡く笑む彼らはどちらとなく唇を寄せて口づけあった。
触れ合うだけの、一見子ども染みたキス。けれどザックスにとって彼らは世界の中で最も密に心を交わしているように感じ取れた。
何十枚も書き連ねた文章がなくとも、嬌声の中で肉体を繋げなくとも、彼らは切ない溜息だけで愛を語り合えるのだ。
純粋に素敵なことだと思った。
一方自分は――ルカと「素敵なこと」が出来ないのだと悟る。万が一にもルカが自分を愛してくれたとしても、彼らの間に流れる「音のない愛」を奏でることは出来そうにない。


『まあ恋人がいようがいまいが、ルカがお前に惚れるとは考えにくい』


かつてアンジールが呟いてた言葉の意図は、そういうことだったのか。
誰も侵す権利のない神聖な空気はザックスの胸に静かな焦燥をもたらした。恋慕を知ったと同時に失恋するなんて惨めだ。心は火傷の様に疼き、無情に痛む。

「っあー…まじかよ…」

彼らが執務室へ消えていく中、ザックスは床に力無く座り込んで溜息をつくしかなかった。










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「伍番魔晄炉か…」

執務室にてバノーラでの調査報告を終えて、ルカは息をつく。隣に座ったセフィロスは思案に耽っているようだ。上層部に未報告であった伍番魔晄炉については伝えたが、ルカは未だ語れずにいることがあった。

『俺がお前を導いてやる』

――自分を惑わす為の戯言だと一蹴してやればいいことだ。だが「俺達はモンスターだ」と比喩したジェネシスの言葉はもしかして自分にも向けられた言葉なのではないか?「お前も同じ」だと言ったジェネシス・コピーの真意は?

「俺からもひとつお前に報告がある」
「な、なに?」
「ジェネシスには協力者がいる」
「アンジール以外…ってこと?」
「ああ、そいつがコピー技術や極秘資料を盗んだようだ。共犯者の名は――ホランダー」

聞き覚えのある名にルカの身体は硬直する。


『これは個人的な研究に使いたくてね。本当に助かったよ、"なんでも屋"さん』

『…そういえば君達は幼馴染と聞いていたが』

『昔、君とよく似た女性と仕事をしたことがあってね。何だか懐かしい気分になるんだ』



ホランダー。博士の肩書きを持つ彼は、一時期なんでも屋の客として依頼を持ちかけてくれていた。ソルジャーとして働き始めた際に何度か挨拶に研究所へと足を運んだが、常に留守だった記憶がある。今思えばジェネシス・コピーの生産の為神羅から逃亡していたのだろう。
彼らの意図は不明だが、何らかの形でルカを神羅カンパニーへ接触させようと誘導していたと受け取ってよさそうだ。


『愛してほしかったんだよ、ルカ』


――愛を乞う言葉も、誘導の一つだったのだろうか。
脳内で反響する声にルカは膝に置いた掌を固く握り締める。かつてなんでも屋にて抱き締められた記憶もまた、鮮明に蘇ってきた。
ジェネシスが為した事に対して憤怒を抱かぬといえば嘘になる。けれど震えた手の温もりを、泣き出してしまいそうな寂しげな面影を、忘れることなんて出来ない。

「ねえセフィロス」
「なんだ」
「ジェネシスは…助けを求めているかもしれないわ」

世界に刃を向けると同時に、自分達へ向けて手を伸ばしているのかもしれない。ルカが口にした憶測に過ぎない考えをセフィロスは静かに受け止めてくれた。

「世界も神羅も関係無い。俺達の為にあいつの凶行を止めよう。暴動の理由は――そうだな、トレーニングルームで3時間正座させれば嫌でも吐いてくれるだろうさ」
「ふふ、そうね」

セフィロスの肩に凭れかかりながらルカは優しく笑んだ。確かに存在している恋人の温もり分かち合い、抱擁を交わす。五感のすべてを使って互いを包み込んでいるのだろう。
大丈夫。ずっと傍にいる。離れたりしない。
言葉のない約束を契る彼らを、紺碧の空に浮かび始めた星達が照らしていた。


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