(不祥事、って)
神羅カンパニーはこの世界の独裁者と言っても過言ではないだろう。近年彼らが絶対的な力を得たのは、不利益な事柄に対する理不尽なまでの制裁のおかげだろう。 神羅が持つ揺るがぬ冷徹さ故にタークスが生まれ、ソルジャー達を生まれ――ルカとセフィロスを巡り合わせた。 きっと自分も上に立つものであったのなら、この村と何ら関係の無い人間であったのなら――その命令にも容易く「応」と答えることが出来たのだろう。
「く…っ!」
動揺のせいか、荒れた息を吐き出しながらルカはアンジールの家に辿り着く。開かれたドアの前で自分よりも早く飛び出していったザックスが、呆然と立ちすくんでいた。
「…ザックス?」 「!、ルカ…!」
――見ちゃ駄目だ。 空色の無垢な瞳が訴えかけてくる。しかしルカは半ば強引にザックスの肩を押して家の中に無理やり入りこんだ。 ルカの視界に飛び込んできたのは、柔いこげ茶色の絨毯にジリアンが倒れている様だ。扉の傍らにはバスターソードを携えた息子・アンジールが青い顔で突っ立っている。
「どうして…」
ルカは憑かれたように彼女に近づき、膝から崩れ落ちながらしゃがみ込んだ。 ジリアンは深く眠っていてもう少し大きな声で名前を呼べば、目覚めてくれるのではないかと錯覚するくらい穏やかな表情をしている。
「ジリアンおばさん…ねえ、嘘でしょ…?起きてよ…!」
たちの悪い冗談だと、引き攣った笑みを浮かべながら、ルカはジリアンの身体を起こしつつ肩を揺さぶった。 反動でだらりと力なく落ちる腕、固く閉ざされた瞼。 ああ、と声に成らぬ吐息がルカの口から漏れた。 ――何故、彼女まで!
「なんてことするんだ!おい!!」
ザックスは怒りに震え、叫びながらアンジールに殴りかかった。外まで突き飛ばされ、覚束無い動作で立ち上がろうとする彼を、泣きそうな瞳が睨みつけている。
「それが──それがお前の誇りか!」 「母は、生きているわけにはいかなかった!その息子も同罪だ」 「わけわかんないこと言うなよ!ちゃんと説明してくれよ!」 「──言っただろ?」
場を引き裂く赤のコートが風に靡く。王者の如く輝くそれは悲鳴と鮮血を浴びて染まってしまったかのようだ。
「もうそっちでは生きられないのさ」
ジェネシスの言葉はアンジールの身に重く圧し掛かる。剣を背負って遠ざかる彼を止めようとザックスが駆けだしたが、ジェネシスに足を引っ掛けられて派手に転んでしまった。
「"君よ、飛び立つのか?われらを憎む世界へと"」 「黙れ…」 「"待ち受けるは ただ過酷な明日 逆巻く風のみだとしても"」 「黙れって言ってんだろ!」
身を焼く焦燥が、とめどなく溢れる悲哀が、ルカとザックスから希望を奪い去っていく。悲痛な叫び声と現状がLOVELESSの詩と皮肉なほど似合っていた。 詩を綴るジェネシスは深紅のマテリアを翳し、もがき苦悩するザックスを見下ろす。
「今日はセフィロスがいないようだが――どうかな?」
魔法陣が放つ閃光と共に、ザックスは召喚獣の元へと飲みこまれた。ジリアンの元で蹲っていたルカは立ち上がり、凛と佇むジェネシスを見据える。 ソルジャーなら――仲間の元に行くべきなのだろう。逃亡した友を追いかけるべきなのだろう。 対峙する敵に刃を向けるべきなのだろう。 だがルカはどの選択肢も選ぶことが出来なかった。 ただただ、愛しい思い出ばかりが蘇る。 幼いころはジェネシスと取っ組み合いの喧嘩ばかりして、アンジールと母親達によく叱られていた。 思春期が過ぎたころ、村を出てソルジャーとなった幼馴染の活躍を聞き、自分の事のように誇らしい気持ちになった。 ルカがミッドガルへ上京した後も、時折三人で思い出話をつまみに夜を明かした。 ――たとえどんな事が起きようとも、自分達は強い絆で結ばれていると信じていた。 幸せな思い出は、枯れぬ花のように咲き続けてくれると信じていたのに。
「ねえジェネシス、何が望みなの」
震える声が紡いだのは、罵りではなかった。
「あたしは…」
心の内に堰きとめられていた感情が一気に爆発する。
「あなたとこんな形で再会したかったんじゃないわ!」
ルカが顔を上げて訴えかけてもジェネシスの表情は何も浮かんでいない。侮蔑も憐憫もない、あらゆるものを拒絶した人間の面。同情はおろか理解への余地なぞ一欠片もなかった。 その様が痛々しく、ルカは瞳の奥が熱くなるのを必死で我慢した。やがてジェネシスは首を横に振り、静かに口を開く。
「俺は女神に愛されなかった」 「何言って…!」 「愛してほしかったんだよ、ルカ」
掠れた声で彼は呟き、ルカの肩を掴んで強引に唇を奪った。 熱く柔い舌が小さな口を犯していく。哀しみで窒息しそうな口づけなんて知らなかった。ルカが身を捩って顔を離せば、舌を這った淫靡な銀糸が名残惜しそうに途切れる。
「いずれ俺達は動き出す。来るべきその時に伍番魔晄炉へ来い」 「え…」 「――俺がお前を導いてやる」
紡ぎだされた声音に不思議と邪気は感じられない。彼の願いが一心に注がれた言葉だった。 不意にジェネシスから突き放されると辺りを赤い光が覆う。眩さが治まった頃ルカが目を開けてみれば、召喚獣との戦闘で軽傷を負ったザックスが立っていた。
「ザックス、」 「俺は大丈夫。…召喚獣をこんなことに使うなよ!ソルジャーの誇りはどうした!」
傷もなんのその、といった剣幕でザックスはジェネシスを睨みつける。柔らかな風をその身に受けた赤色の男は、静寂に包まれた故郷を遠い目で眺めていた。
「俺達は――モンスターだ」
徐に左腕を伸ばすジェネシスの背に現れたのは漆黒の片翼だった。悪趣味な奇術でも魔術でもない、空を舞う生き物が持つ、紛う事なき翼だった。 息を飲むルカ達の方に僅かに視線を向け、涼やかなジェネシスの口元だけが見える。
「誇りも夢もなくしてしまった」
晴天の青空へと飛び立った姿は、お伽話に出てくる天使の様だ。けれど舞い落ちる黒い羽は天使の証でも、ましてや英雄の風貌でもない。 人間から乖離した、別の生き物の姿だった。
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