ツォンは集落から少し離れた高台にて低く身を屈めながら古びた工場を見下ろしていた。どうやら工場にジェネシス・コピーが出入りしているらしい。ルカの記憶では、ここで名産品であるバノーラホワイトを加工し、ジュースや食品を生産していたはずだ。ルカが村を出てから随分と寂れてしまったのだろう、建物自体に目立った損傷はないが窓ガラスは薄汚れて曇っている。敷地内の雑草は好き勝手に伸び、赤レンガの壁面にはツタが這っている。
調査を終えたルカ達の姿を捉えるとツォンは一瞬憂悶な視線を送ったが、小さく口を開く。

「墓はジェネシスの両親のものだった」
「まさか自分の親を!?」
「道理が通用しない相手のようだな。…アンジールはどうだった?」
「家にはいなかったわ」

ルカの言葉に「そうか」と予測していたような淡白な返事が返される。ザックスは身を捩り、彼なりに熱弁を奮う。

「でも頼む!時間をくれ!もしアンジールがいたら俺とルカが説得する。アンジールが考え直せばジェネシスも神羅に戻ってくるかも…」
「……セフィロスがお前を指名し、ルカの同行を許可した理由が分かった」
「俺達を…?」
「ジェネシスとアンジール。セフィロスの友人はこのふたりだけだった。もっとも戦いたくない相手だ。…それが命令拒否の理由だろう?ルカ」

ルカとセフィロスの関係性を知ってか知らずか、ツォンは彼女に同意を求めてきた。ルカ自身もツォンの推測が正しいと思っている。
ザックスからすると、ツォンの言葉に頷いた彼女の神妙な表情が、どうにも深い意味を込められているように感じてならないのだろう。

「俺だってアンジールの友達だ。ルカは幼馴染だし」
「お前達ならふたりを取り戻せると期待したんだろうな」

仄暗い疑念と僅かな希望を前にし、見えぬ希望に賭けて行動を移すことが出来る彼らならば。
ツォンは立ち上がり、ザックスとルカを見つめる。その瞳には先程よりも何処か明るさを帯びていた。

「時間がない。急ごう」

ツォン曰く、正面にある門には重厚な鎖が巻き付けられており、出入口となりそうな箇所には南京錠で施錠されている状態のようだ。赤茶色の錆が目立つそれらはルカ達の侵入を防ぐためというよりも、工場が閉鎖された際に施されたものと窺える。
出来ることなら騒ぎ立てず慎重に入りたかったが、事はそう穏便に運んでくれないものだ。
どちらにせよこの村に入った時点でルカ達の存在は彼の耳に伝わってしまっていただろう。彼らは仕方なく窓ガラスを割って潜入した。
ジェネシスが潜伏していそうな奥の部屋へと進んでいくと、電源の入ったままのパソコンが放置されており、微かな水音が工場の奥から聞こえてくる。

(ここでコピーを作っているんだ…)

心に浮かんだ確信が、膿んだ傷のように疼いた。ルカは無言のまま、しかし迷いなく奥へと進んでいく。まるで幼馴染たちに呼ばれているかのように、見えぬ磁力で、引きあうように。



「"深淵のなぞ、それは女神の贈り物 われらは求め飛びたった"」


「"彷徨いつづける心の水面に かすかなさざなみを立てて"」



埃っぽいくすんだ窓辺でLOVELESSを綴る男の姿は以前と何ら変わらないように見える。
己を慕ってくれていたはずの部下達の精神を破壊し、罪無き人々を、長年慈しんでくれた家族達を殺めたようには見えなかった。彼らの命乞いや苦悶、絶望はこの男の――ジェネシスの心を少しも動かしてはくれなかったのだ。

「騒々しいな、子犬のザックス。そしてルカ」
「ジェネシス…どうしてなの…」

手に持っていた愛読書を外套の内ポケットに仕舞い、ジェネシスは口角を上げる。
彼の面は柔らかな微笑を湛えていた。脆弱な者に対するに向けられる憐れみにも似ているが、アイスブルーの瞳だけが酷く怜悧に光る。

「前に言っただろう?里帰りする、とな」


『ウータイの戦争が終わったらセフィロスとアンジールに休暇を取るように伝えておけ。バノーラに里帰りするからな』


ルカの脳裏に過ぎるのは、数ヶ月前なんでも屋に訪れた「ソルジャークラス1ST・ジェネシス」との最後の会話だった。恐らくあの時から凶行への一歩を踏み始めていたのだろう。
ツォンは傍らに設置されている、工場内の雰囲気には不釣り合いなポッドを覗きこんで眉をしかめる。高濃度の魔晄に浸されているのだろう、中に入ってるのは憐れな運命を辿ってしまったソルジャーだ。

「あの家にあった墓、調査に派遣していたうちのスタッフも葬られていた」
「脅したらせっせと嘘の報告書を送っていたぞ。役立たずどもは」
「脅さなくたってそうしたはずだ!少なくともあんたの両親はな」
「…ふたりは俺を裏切りつづけた。俺があの家に来た時からな」

ザックスの全うな叱責にジェネシスは嗤笑を浮かべながら立ち上がった。彼らが負けじと睨み合う内ジェネシスの表情から余裕は消え、抑止出来ぬ程の憤怒が溢れ出してくる。

「神羅のイヌどもに…何が分かる!」

彼が掌に纏った紅蓮を察したのも束の間だ。時既に遅く炎はツォンへと襲い掛かり、彼はポッドに強く叩きつけられた。

「ツォンさん!」

苦悶の表情を浮かべて崩れる彼をルカが支え、熱を燻らせる炎を払いのける。戦いの火蓋が切って落とされた瞬間を感じ取り、ザックスはジェネシスに剣を向けて挑もうとしていた――その時だった。
ザックスの剣を奪って立ちはだかる者。彼の家族の誇りである大きな剣を背負った、ルカのもう一人の親友だった。

「よう、相棒」

歌う様に語りかけるジェネシスに、アンジールは細剣を向ける。だがジェネシスは怯むことなく、むしろ緊張感が漂う場の空気を楽しみながら剣を向ける男に近づいていった。

「結構。ついに心を決めたというわけだ。幼馴染の意志は尊重しよう。しかし…」



──そっちの世界で生きていけるのか?



すれ違いざまに投げかけられた言葉にアンジールは強く唇を噛み、剣を下ろす。彼の煩悶を知ってか知らずか、紅蓮の男は飄々と部屋を後にした。

「アンジール!」

ザックスは安堵の中で声をかけて駆け寄るが、あろうことかアンジールは苛立たしげに剣を床に突き刺した。
追ってくるなと言いたげに去りゆく彼をルカ達は呆然と見つめていたが、先に我に返ったザックスが剣を抜いて駆けだしていった。

「ルカ、もう大丈夫だ」
「ですが…」

ルカは当惑しつつもツォンに向けて治癒の光をあてていた。ポッドに手をつきながら彼は立ち上がり、無事であった携帯を取り出しつつ、ネクタイピンを外した。ツォンから差し出されたネクタイピンを受け取ってよく観察すると、非常に小さいが集音マイクが付いている。

「…小型の盗聴器だったんですね。じゃあ今の会話は…」
「ああ、神羅の上層部と繋がっていた」

頃合いを見計らったようにツォンの携帯から着信音が響き渡る。ざあ、とルカの身体から血の気が引いていく。処刑台を目の前にした死刑囚のように青ざめた面、見開かれた魔晄色の瞳が揺らいだ。

「…ルカ、この村を出るぞ」
「何故、ですか」
「…この村は空爆される。不祥事の痕跡を残すわけにはいかない」
「――!」

無音の恨み言は引き結んだ唇によって押し留められた。代わりにルカの心に、暗い憎悪と葛藤の種を残してしまうことになるのだろうが。
ルカはツォンの視線から振り切るよう踵を返し、村の方向へと走り出した。


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