ルカとザックスがアンジールの家の前に立つと、思わず彼らは目を見合わせてしまう。そこには先程の禍々しい気配とは異なり「人」の気配があった。油断は禁物だ、しかし祈りに似た思いを抱きながらドアノブを握り、ルカは扉を開く。

「!、ルカちゃん、よね?」

家の中に留まっていた人物は突然の来訪者達に戸惑いながらも、ゆるりと目を細めてくれた。荒れ果てた村の中、唯一無事でいた彼女の姿を捉えた途端、ルカは思わず彼女に抱きついてしまう。

「ジリアンおばさん…!無事で良かった…!」

安堵によって緊張の糸が緩んだルカを抱きしめ、ジリアンは優しく笑んで背を撫でてくれた。
ふとジリアンは扉の前で留まっていた青年に向けて小首を傾げる。ぱち、と視線の合ったザックスは慌てて頭を下げた。

「お、おじゃましてます!アンジールのおふくろさん?」

彼女はザックスの言葉に微笑みながらゆっくり頷き返した。ルカは一度抱擁を解いてジリアンにザックスを紹介する。ジリアンは少し何を思い出すような、考えるような仕草をしてもう一度彼の方を見た。

「もしかして…子犬のザックス?」
「なんだそれ!」
「息子からの手紙に書いてあったわ。集中力ゼロ、子犬のように落ち着かない」
「アンジールのやつ…」

ザックスは拗ねた表情を浮かべるが、それは青年らしい照れ隠しのように見受けられる。
――自分のこと、仕事仲間のこと、最後には母親の体を労る一文を載せて、手紙を書き連ねていたであろうアンジールの事を思い、ルカはふっと笑みを零した。しかしそれ故に今の状況がより一層血生臭く、凄絶な光景に思えてならない。

「あなた達、ジェネシスの仲間じゃないのね」
「うん、ちがう。安心して」
「…息子に何があったの?」
「あたし達にもわからないんです。…ジリアンおばさん、この状況は一体?何かご存知ですか?」

彼女は首を横に振り、椅子に座り込んで心労が浮かぶ瞳をますます暗くさせた。躊躇いがちに唇を開くと、ひとつひとつ噛みしめるように言葉を吐きだしていく。

「ひと月前にジェネシスが帰って来た。大勢の仲間を連れてね。そして村人たちの命を奪ってしまったの」
「そんな…!」
「ジェネシス…昔はいい子だったのに」

アンジールの失踪と村への襲撃の時期は重なっている。たとえ直接的に手を下してはいなくとも、二人が結託してこの状況を生み出したと言っても過言ではないだろう。

「アンジールは?」
「戻ってるわ。でも剣を置いてどこかへ行ってしまった…」

ザックスの問いかけに答えたジリアンの後方――部屋に置かれたバスターソードはアンジールが実家に立ち寄ったことを示している。

「その剣は我が家の誇りなの」
「そっか、それであいつ…」

アンジールが神羅に入ると決まった時、彼の父が用意してくれていた物だった。
誇り高い戦士になるようにと願いを込めて、父親から手渡された剣。二人の幼馴染が旅立つ際、ルカも傍らでその光景を見つめていたのでよく覚えている。
ルカも子どもながらにヒューレー家が随分苦労していたのは感じていた。アンジールの父はあまり身体が丈夫な人ではなかったと聞いている。借金の返済の為無理を強いたのだろう、彼は還らぬ人となってしまった。

「あ…これ…」
「ルカ、どうした?」

ふとルカは見覚えのある写真を見つけ、思わず手に取ってしまう。棚には幼き自分達や家族の集合写真が所狭しと飾られていた。
ソルジャーに成りたてのアンジールが自慢げにバスターソードを掲げ、満面の笑みを浮かべている。その隣には悪戯っぽく笑うジェネシスと、はしゃいでいるルカの姿も映されていた。

「アンジールは…ジェネシスともずっと一緒だったんだな。俺なんかよりも、ずっと…」
「ザックス…」
「俺、あいつのこと何にも知らなかったんだ…」

胸を締め付ける痛みがどれほどのものか、ザックスの抱える苦悶がルカには悲しいほど理解できる。
そして――アンジールが父の愛情であり誇りの象徴でもあるバスターソードを置いていった事実。それは自分自身が誇りに背く行いをしているのだと銘々に語っているではないか。
ルカは歯がゆさと共に拳を強く握りしめてジリアンの方へと向き合った。

「アンジールのことはあたし達に任せてください。ジリアンおばさんは念のため隠れてた方が…」
「心配いらないわ。ジェネシスは私を殺せない――…」

呟く彼女は確信を持ちながらもどこか後悔に満ちている表情を浮かべていた。生き残った者のそれか、はたまた他の事情があってのことだろうか。詳しく尋ねたい事は山のようにあるが今は優先すべきことがあるのだ。ルカ達は一旦ジリアンの元を離れ、ツォンと合流することにした。

「…」

若い二人を見送り、家に残ったジリアンはおもむろに戸棚から小さな瓶を取り出した。
彼女は二十年近く前からずっと「これ」を――けして一般人には作り得ない、死に至る劇薬を定期的に調合し、その度に自分が為した過ちを悔いていた。そして作り終えるたびに何処かで救われているような気がしていた。
ああ、今回もまた使わずに済んだと。まだ自分達は罰を受けずに済む。そして息子達は己に課されていた「呪い」を知ることなく、幸せに生きていてくれているのだと…。
教会の懺悔室のように、己の咎と向き合うことで赦されている…――そう、錯覚していた。

「これが私達への裁きなのね。私達は永遠に赦されない…」

ジリアンの心は軋んでいく。
「呪い」を知ってしまったジェネシス、そしてアンジールが、村人達へ憎悪を抱くのは必然であった。
――それは生命の摂理を捻じ曲げた罪。「運命の子ども達」には村人全員の命を捧げようと贖いきれない罪を与えてしまった。地獄に落ちようとも気が狂うほどの責め苦を与えられても、償いきれない。

「ああ、ソラリス…私はあなたの娘まで不幸にしてしまう…」

吐き出した声音は悔恨に満ち、罪人のように懺悔する。
運命の子ども達はすべてを呪い、恨み、復讐の矢が世界へと向けられてしまうだろう。
未だ「呪い」を知らないルカの未来を思い、ジリアンは独り涙を流すしかなかった。


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