「ここがジェネシスの実家。両親はこのあたりの地主だ」
ツォンが見上げる先には、村の中でも大きな一軒家が鎮座している。 季節の移り変わりを楽しめるよう工夫を凝らしてあるのか、庭先には様々な花や木々が各々の美しさを競っていた。 その中でも一際目立つのは、巨大なバノーラホワイトだ。先程見かけたバカリンゴの実よりも色艶の良い、空腹時にはもいで食べてしまいたくなるリンゴが沢山成っている。
『俺はけして盗まなかった。地主の息子が親友だったからだ』
思い起こされる記憶に、ザックスの瞳は哀愁漂う。
「旧知なんてものではない、ふたりは幼馴染で親友だった」 「脱走したジェネシスが親友のアンジールを仲間にした。そういうこと?」 「セフィロスはそう考えているようだ。…ルカに対してはそうではないようだがな」
あえて言葉に出さぬものの、先程から交わされる腑に落ちない発言にザックスはルカを訝し気に見つめた。 それはバノーラ村へ向かう前――ブリーフィングルーム内でもどこか引っ掛かる会話が交わされていたのも原因の一つだろう。
『単なる調査だろ?楽勝』
余裕綽々のザックスに向けて、ツォンは皮肉っぽく唇をあげる。
『この任務は本来セフィロスが行くはずだった。つまり、それほど重要視されているということだ。甘く見ると失敗するぞ』 『セフィロスは?』 『命令拒否、だそうだ』
「甘やかしすぎじゃないのか」とザックスは冗談混じりで投げかける。勿論実際本人に伝えたらどんな目に遭うのかは考えたくもない。交わされる会話に耳を傾けていたルカはぽつりとひとりごちる。
『セフィロスが拒否したくなるのも無理ないわ。今回の件で一番落ち込んでいるのは彼だろうから』 『そう…なのか?』 『セフィロスは優しいのよ。ザックスにもいずれ分かる時がくるわ』
ルカが浮かべるどこか寂しげな微笑みに、ザックスの胸がちくりと痛んだ。 ザックスはセフィロスと接触したことなどほとんどない。ウータイでの事件が初めてと言ってもいいだろう。 神羅の人間と交流もある素振りを見せながらも、ルカがどこかの組織に所属していたという噂も聞いていない。そしてセフィロスへの固い信頼と慈愛を抱いている様子も引っかかっていた。 ――様々な想いは交錯し、鋭い刃となって己へと跳ね返ってくる。ルカはザックスの疑問に応えるため、閉ざしていた口をようやく開いた。
「…あたしもこの村の出身なの。アンジールとジェネシスとは…幼馴染よ」 「っ!」 「あたし達とセフィロスは前々から交流があってね、よく4人で遊んでたわ。今回の事件は……未だに信じられない」 「…なあ、ルカは…」 「…」 「セフィロスと同じ考えなのか…?」
アンジールがジェネシスと共に神羅を、自分達を裏切って行動しているのだと。
「…わからない。でも、二人が考えていることを知りたいからここにきたの」
彼らを信じているとは断言できない。胸を張って幼馴染を肯定出来るほどルカの心は青くはなかった。生活音はおろか生命の吐息すら感じられない、無に包まれた故郷に足を踏み入れてしまえば嫌でも疑念は沸いてしまう。 それからもうひとつ。ザックスはまだ気が付いていないかもしれないが、ルカは村に足を踏み入れた時からある「匂い」を嗅ぎ取っていた。 ソルジャーの鼻でも簡単には嗅ぎ取れないほどの極僅かなものであるが――地面から這いよる血と死臭の匂い。 ルカは匂いの元がどこから漂っているのか、そして匂いを発している存在の正体を察してしまったのだ。 呪わしい推測は頬の血色を奪っていき、喉の渇きと胃をつく吐き気にルカは思わず口元を覆った。 「ルカ?」と当惑しながらザックスが声をかけたが、彼女は悲哀に染まる双眸を伏せて首を横に振る。 ――ツォンがジェネシスの家の敷地内に置かれた墓石に気が付いたのは、その直後であった。
There is always light behind the clouds.08
ツォンが墓石を調べている間に、アンジールの家を確認すべくルカとザックスは家々が集まる集落へと向かう。非情のタークスであろうとも、さすがに「知人が埋まっている箇所を掘り返せ」とまでは言う気になれなかったのだろう。 先陣を切っていくルカの背を追い、ザックスは躊躇いがちに声をかけた。
「その…ルカはアンジールの家、知ってるんだよな」 「ええ、この集落の奥の――」
家々を通り過ぎていくルカの足が不意に止まる。ザックスも彼女が察した違和感の正体に勘付いたらしい。 彼らの耳に入るのは住宅から漏れる獣の唸り声だ。 ひゅっとルカの細い喉が不吉に鳴り、唇を噛みしめて乾いた大地を蹴って駆けだした。全身から溢れ出す激情に触発されたのだろう、家の中を荒らしていた獣――否モンスターが扉から飛び出してくる。騒ぎを聞きつけたジェネシス・コピーがルカを目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
『これは俺の単独の任務だった。それがどういう意味か分かっているのか』
無意識のうちに振り上げた剣。 獣の肉を裂く感触が腕に響いてくる。
(――…分かっていた、のに)
だが所詮分かっている"つもり"でいただけだ。 特別な力を持たない人間は、理性無きモンスター達の前では虫けらにも等しい存在である。戦いという惨禍に巻き込まれてしまえば、その身に降りかかる苦痛と絶望は如何なるものか、想像するのは容易なことだ。 そして、禍々しい災いをもたらしたのは――この村で育った青年であり、自分の幼馴染なのだ。
「…ルカ」
らしくなく息を乱していた彼女に、ザックスが諭すように声をかける。本当はその前から声をかけ続けていたのかもしれないが、彼女の耳には届いていなかったのだろう。 ルカはモンスターに突き刺した剣を抜き、後方で佇んでいた彼に向けて振り返るが、その面は酷く陰鬱だ。
「……、あたし…」
ルカは多少冷えた頭で血濡れた光景を見つめる。ただならぬ憤りを破壊によってしか消化できない自分を悔いた。深い溜息を吐くと共に、剣を握る掌に力が入るがふとルカの手の甲に何かが触れる。 皮の手袋に包まれた青年の手だ。
「震えてる」
ザックスの言葉にルカは顔をあげた。空色の瞳が、罪悪感に満ちた彼女の表情を見つめ返す。微かに震えるルカの手を覆い、ザックスはそっと呟いた。
「ルカは忘れてるかもしれないけど、俺、ソルジャー歴はルカより長いんだぜ?」 「…?」 「つまり!俺はルカの先輩ってこと!後輩なら先輩を頼ってくれよな」
目を丸くするルカにザックスは柔和に笑いかける。殺伐とした風景の中に佇んでいたのは自分一人だけではなかった。苦悩し、もがきながらも歩もうとしているのは傍にいるザックスも同じなのだ。 ルカは小さく頷く。彼女の美しい魔晄色の瞳にも明るい光を差し込んでいた。
「頼りにしてるわ、先輩」
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